週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

茨城県

上境旭台貝塚 つくば市さくらの森

4年前に現地説明会で訪れた上境旭台貝塚。今年3月、中根・金田台特定土地区画整理事業の計画建設用地に「さくらの森ショッピングセンター」としてコメリパワー、ヨークベニマルなどがオープン。上境旭台貝塚の面影は、公共用地に整備された上境旭台貝塚公園…

佐古墳群 つくば市佐

つくば市佐の鹿島神社境内に1基の箱式石棺が保存されている。佐古墳群の石棺とのこと。佐古墳群からは、1855年(安政2年)9月耕作中に石棺が発見され、人骨三体のほか勾玉、管玉・鉄刀等が出土したとの記録が残されている(文献[2])。佐古墳群は、文献[3]の「佐…

高崎山古墳群 土浦市小高

8月のお盆の時期に所用のついでで、土浦市の高崎山古墳群の西支群の高崎山2号墳の横穴式石室を見学した。高崎山2号墳は、1997年(平成9年)に墓地造成事業に伴い発掘調査が行われた。全長35mの前方後円墳。後円部の横穴式石室が移設・保存されている。石室は全…

大洗町幕末と明治の博物館 大洗町磯浜町

7月に訪れた大洗町と明治の博物館は、元老院議官・警視総監・学習院長を歴任し、1895年(明治28年)宮内次官、1898年宮内大臣となった田中光顕(みつあき)により、1929年(昭和4年)に「常陽明治記念館」として開館。2010年(平成22年)6月に(財)常陽明治記念会から…

西原19号墳石室 大串貝塚ふれあい公園

大串貝塚ふれあい公園に復元されている西原19号墳石室。西原古墳群は、水戸市北西部、那珂川の支流・田野川に北面する上市台地の標高約 30.0mに位置する古墳群で、2012年度の第16地点の発掘調査で6基の埋没古墳(15〜20号墳)を確認、19号墳と20号墳から埋葬施…

ダイダラボウと縄文広場 大串貝塚ふれあい公園

大串貝塚ふれあい公園のシンボルとなっているダイダラボウの像は、常陸国風土記を生かした常澄村(つねずみむら)の村おこし事業として、1992年2月に完成。彫りの深い縄文人を意識したデザインで、貝塚の方角に手を伸ばす。完成当時は年間20万人が来園したとい…

大串貝塚 水戸市塩崎町

水戸市の大串貝塚にも寄り道。大串貝塚は、涸沼川をのぞむ那珂台地の先端に位置する縄文時代前期の貝塚で、汽水域に生息するシジミを主体とする。奈良時代に編さんされた「常陸国風土記」に記載があり、文献に記録された貝塚としては世界で最も古く、これに…

小幡北山埴輪製作遺跡 茨城町小幡

7月に大洗町幕末と明治の博物館を訪れた際に寄り道した遺跡を振り返る。茨城町の小幡北山埴輪製作遺跡は、涸沼川と寛政川にはさまれた標高22.5~27mの台地にあり、古くから「カベット山」(壁土山)と称され、良質の粘土のとれる場所として知られていた。195…

冬木A・B貝塚 五霞町原宿台

6月に幸手市郷土資料館で企画展を見学した後で、幸手市から中川を渡って、茨城県五霞町の権現堂川東岸の微高地台地上の辰堂(たつどう)公園に立てられた冬木A・B貝塚の説明板と復元された縄文時代の竪穴住居を見学した。権現堂川は江戸時代以前は渡良瀬川の…

山王塚古墳 笠間市小原

笠間市の一本松古墳群の散策の続き。 山王塚古墳は帆立貝形古墳だったが、1889年(明治22年)に水戸線敷設のため、前方部が削られ、径50mの後円部だけが残った。墳丘は3段築成。後円部墳頂には日枝神社が祀られているが、神社の参道も鉄道で分断されていて、参…

諏訪古墳 笠間市小原

笠間市の一本松古墳群の散策の続き。 諏訪古墳は一本松古墳から北西250mほどにある全長33.6mの前方後円墳。後円部墳頂に諏訪神社が祀られている。墳丘部にはスギやサワラが林立。昭和の終わりころに墳丘外の発掘調査が行われ、幅4.8mの周溝が確認された。 市…

一本松古墳 笠間市小原

笠間市の一本松古墳群の3基を散策。 一本松古墳は、径28mの円墳。墳頂はかなり平らに削平されている。周溝は不明で、埴輪や葺石もみあたらない。 墳頂の三角点 市指定文化財 [一本松古墳(いっぽんまつこふん)] | 笠間市公式ホームページ にほんブログ村

稲荷塚古墳群 水戸市大塚町

水戸市の稲荷塚古墳群を訪れた。那珂川と桜川とに挟まれた「上市台地」と呼ば れる洪積台地の西部、桜川の支流東側の標高 44 mの台地上に位置し、古墳群の西側に桜川支流と低地を望む。低地との比高は約20m。2019年7月から8月に公共下水道工事に伴う発掘調査…

一盛長者伝説地 水戸市渡里町

台渡里官衙遺跡群の長者山地区の東隣に長者山城跡があり、一盛長者伝説地の碑が建つ。碑の西側のソーラーパネルの間に古墳のような土盛がある。これは長者山城跡の遺構。一盛長者伝説と長者山城跡については、水戸市学校間ネットワーク「まごころネット」に…

台渡里官衙遺跡群(台渡里廃寺跡) 水戸市渡里町

台渡里官衙遺跡群は、那珂川を見渡せる標高30m前後の見晴らしのよい台地上にあり、古代寺院跡(台渡里廃寺跡)の観音堂山地区と南方地区、常陸国那賀郡の郡衙に附属する正倉院の長者山地区の三つの地区で分かれる。 観音堂山地区の寺院は、7世紀後半から末頃…

二十三夜尊 桂岸寺 水戸市松本町

回天神社に隣接する桂岸寺。地元では水戸谷中の二十三夜尊と親しまれている。本尊は勢至菩薩で、行基の作と伝えられる。 水戸黄門諸国漫遊旅姿像、左から格さん(安積覚兵衛)、水戸黄門(徳川光圀)、助さん(佐々介三郎) 愛染堂 二十三夜尊 桂岸寺 « 水戸市の観…

回天神社と回天館 水戸市松本町

回天神社は、1969年に明治百周年記念事業の一環として、松下幸之助らの提唱により、社殿が建立され、翌年宗教法人の認可を受けた。安政の大獄、桜田門外の変以降国のために殉した志士の御霊を祀る。『回天』は藤田東湖の『回天詩史』に由来する。 回天館は、…

水戸殉難志士の墓 水戸市松本町

明治2年、新政府の初代水戸藩知事となった徳川昭武公は、明治維新の礎として殉難した志士の遺骸を収容して、常磐共有墓地の一角に埋葬し、同所に「殉難」碑を建立、慰霊顕彰した。大正3年、殉難志士の氏名を刻して建てたのが「水戸殉難志士の墓」である。 市…

常磐共有墓地 水戸市松本町

愛宕山古墳群の南東に隣接する常磐共有墓地を訪れた。常磐共有墓地は、1666年(寛文6年)に、水戸藩第2代藩主徳川光圀が命じて開設させた藩士共有の儒教式の墓地。 常磐共有墓地 | 水戸市ホームページ 郷土いいとこ再発見 安積澹泊(格さんのモデル)の墓 関鉄之…

馬塚古墳 水戸市愛宕町

愛宕山古墳群で愛宕山古墳の他に唯一墳丘が確認できる古墳の馬塚古墳を訪れた。馬塚古墳は径14mの円墳。後で知ったが、馬塚古墳の脇の空き地は、旧水戸生涯学習センターの跡地で、平成26年に解体工事に伴う発掘調査が行われ、古墳跡3基(愛宕山5〜7号墳)が検…

一盃山稲荷神社 水戸市愛宕町

那珂国造(なかくにのみやつこ)の古墳築造の時、多くの作業者が毎朝食前に飯椀一杯づつの土を築いてできた小山なので一盃山との伝承がある一盃山稲荷神社を参詣した。 水戸にある珍しい名前の神社(2) - ぶらっと 水戸 にほんブログ村

曝井(さらしい) 水戸市愛宕町

曝井(さらしい)は、愛宕山古墳の西方、北に下る滝坂の中程、曝台といわれる右手にあって、「千歳湧く曝井の泉」と郷土かるたに選定された1200年の歴史を秘めた萬葉ゆかりの湧き水。 曝井(さらしい) 三栗(みつくり)の那賀(なか)に向へる曝井の絶えず通はむ そ…

愛宕山古墳 水戸市愛宕町

愛宕山古墳は、石岡市舟塚山古墳、常陸太田市梵天山古墳に次ぐ茨城県内3番目の規模で、全長137mの大型前方後円墳である。那賀国造の墓と考えられており、国指定史跡となっている。水戸市の北部に位置し、那珂川右岸の標高約30mの上市台地北東側縁辺部に立地…

旧水海道小学校本館 水戸市緑町

歴史館の敷地に旧水海道小学校本館が移築、復元保存されている。旧水海道小学校本館は、1881年(明治14年)に建築され、日本建築と西欧風建築が融合した明治洋風建築で、明治十年代の県下唯一の遺構。 旧水海道小学校本館 | 【茨城県立歴史館】歴史博物館・文…

水戸農業高等学校旧本館 水戸市緑町

茨城県立歴史館の企画展を鑑賞後に水戸農業高等学校旧本館の外観を見学した。1899年(明治32年)から1970年(昭和45年)まで、歴史館の敷地に茨城県立水戸農業高等学校があった。この建物は旧校舎本館を復元したもの。 六地蔵宝幢 旧水戸農業高等学校本館 | 【茨…

吉田古墳 水戸市元吉田

5月に茨城県立歴史館の企画展「ビフォー・アフター三昧塚古墳」を鑑賞した際、茨城県立歴史館の前に吉田古墳を訪れた。吉田古墳は、横穴式石室奥壁に釵・刀子・鉾等武具を主体とした線刻装飾をもつ終末期古墳で、墳形は方墳とも円墳ともいわれていたが、近年…

田村神社 桜川市真壁町田

おふじ権現古墳の次に、「埼玉古墳軍」さんの「古墳軍ニュース特別編 茨城県石づくし」に紹介されている「田村神社内石造物(桜川市・旧真壁町)」を確認したくて田村神社を訪ねた。 真壁小学校との間にあるとのことだが見つからなかった。真壁小学校は、2018…

おふじ権現古墳 桜川市真壁町飯塚

「ざわつく金曜日」で紹介された「つくばぷりん ふじ屋」でプリンを購入。その足で、おふじ権現古墳を訪れた。もともとは全長60m級の前方後円墳の後円部の一部のみ残っているようだ。 つくばぷりん ふじ屋 つくばぷりん ふじ屋 にほんブログ村

露盤石 つくば市北条

つくば市北条の露盤石。北条中台遺跡と重複して中台の台地東側に所在したと想定されている北条中台廃寺の石造露盤と考えられている。露盤とは塔の屋根頂部に置いて雨仕舞の役割を果たす建築部材のこと。北条中台廃寺は、寺院的遺構が未発見だが、平沢官衙遺…

八幡神社 つくば市平沢

平沢古墳群からの帰り道、八幡神社を参詣した。 石造六角地蔵宝幢。県指定文化財(工芸品)。永正16年(1529年)銘をもつ土浦市盛泉寺に所在するものに比較して形態が退化していることから、16 世紀 末期頃のものとされる。 六地蔵石幢|茨城県教育委員会 にほん…