週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

茨城県

武者塚古墳の石室の覆屋の窓の目貼り

昨年12月の武者塚古墳の発掘調査の現地説明会のときに、開始時間のかなり前に現地に行き、スタッフの筑波大学の学生さん達が準備している様子を見学させていただいた。そのときにすごく不思議だったのが、石室の覆屋の片側の窓を目貼りしていることだった。…

武者塚古墳の隣の畑 土浦市上坂田

昨年12月の武者塚古墳の発掘調査の現地説明会のときに、隣の畑に栽培された作物が気になった。現地で、スタッフとして参加されていた筑波大学の学生に質問したがさすがにわからないとのこと。冬の生花に使われる赤目柳かな。 赤目柳、薔薇、スターチス、玉シ…

塚山古墳 土浦市下坂田

武者塚古墳の現地説明会の後で、武者塚古墳から南東に徒歩6分の坂田台山古墳群の塚山古墳を探索。文献[1]では武者塚古墳群(2基)と、坂田台山古墳群(塚山古墳)と、坂田塙台古墳群(10基)と、坂田立野古墳群を合わせて坂田古墳群としている。今回、探索したのは…

坂田立野古墳群 土浦市上坂田

武者塚古墳の現地説明会の会場に早めに到着したので、武者塚古墳から北西に徒歩12分の坂田立野古墳群を探索。文献[1]では武者塚古墳群(2基)と、坂田台山古墳群(塚山古墳)と、坂田塙台古墳群(10基)と、坂田立野古墳群を合わせて坂田古墳群としている。今回、…

水守桜塚古墳 つくば市水守

水守桜塚古墳は、茨城県南部を代表する前期古墳の一つで、筑波山の西側を南流して霞ヶ浦に注ぐ桜川の西岸、筑波台地の舌状台地先端部の標高25mに立地する。1979年の筑波大学の発掘調査で墳頂部から長大な割竹形木棺を納めたとみられる粘土槨が検出され、変形…

香取神社 つくば市水守

水守古墳群の続き。香取神社を参詣。 香取神社社殿の裏に在るマウンドに東向きの石祠 辻切り つくば市水守(みもり)古墳群 | 趣味の案件 にほんブログ村

水守古墳群 (その2) つくば市水守

水守古墳群の続き。ソーラーパネル群の中にある1基を探索した。 旧つくば市立田水山小学校の南南東約400mで発見。 ソーラーシェアリング つくば市水守(みもり)古墳群 | 趣味の案件埼玉古墳軍/茨城石づくし 「ソーラーシェアリングはなぜ普及しないのか」と…

水守古墳群 (その1) つくば市水守

武者塚古墳の現地説明会は午後から開催だったため、午前中につくば市の水守古墳群を探索した。水守古墳群は、筑波山の西側を南流して霞ヶ浦に注ぐ桜川の西岸、舌状台地に立地する。文献[2]の「番号140、水守古墳群、平成25・26年発掘調査、円墳6基、水守遺跡…

刈谷古墳 牛久市刈谷町

土浦市の武者塚古墳の現地説明会への行きの道中で、国道6号線の牛久駅西出口交差点の「河童の碑 4Km」の看板が以前から気になっていて、時間があるので左折した。突き当たりの刈谷第2街区公園の所まで来て、地図を確認したら、刈谷自治会館の裏に刈谷古墳が…

武者塚古墳 現地説明会(12/18) 土浦市上坂田

15日に茨城新聞が「約40年前の調査で国重要文化財の副葬品などが発見された茨城県土浦市上坂田の武者塚古墳の形状が、これまで推定されていた円墳ではなく方墳だったことが14日、同市教委と筑波大の共同調査で明らかになった。」「市教委と同大は18日午後1時…

上郷台宿1号墳 つくば市上郷

歓喜院と上郷台宿4号墳跡と思しき墓所の中間にある台宿農村集落センター脇の大日堂は、上郷台宿1号墳の墳丘上に鎮座する。大日堂を中心に向かって左側に愛宕神社、弘法大師、白山神社、右側に御鷲神社、熊野権現神社が祀られている。上郷台宿古墳群は文献[1]…

上郷台宿4号墳跡 つくば市上郷

昨年夏に上郷台宿3号墳出土の石棺材のあるつくば市上郷の歓喜院を訪れたが、他にも石棺材があるとのことで再訪した。歓喜院から、南に徒歩16分の上郷台宿4号墳跡と思しき墓所の裏に石棺材らしい板石が積まれている。上郷台宿古墳群は文献[1]の「番号323、4基…

吉沼愛宕神社古墳 つくば市吉沼

下妻市の常願寺から南に約6kmのつくば市吉沼の吉沼愛宕神社古墳を訪れた。古墳は、愛宕神社の拝殿裏にある。墳長に愛宕神社の本殿が鎮座する。本殿の彫刻が立派だった。吉沼愛宕神社古墳は、文献[1]の「吉沼愛宕神社古墳、番号240、古墳、円墳」 つくば市:…

常願寺に移設された3基の石棺 下妻市高道祖

9月のお彼岸に、牛久市、阿見町、つくば市、下妻市の古墳巡りの続き。 埼群古墳館で紹介されている下妻市高道祖の常願寺に移設保存されている3基の箱式石棺を探索した。常願寺の裏の長壽公園の碑が建つエリアにあった。埼群古墳館によれば、2008年当時は3基…

中菅間稲荷塚古墳 つくば市中菅間

9月のお彼岸に、牛久市、阿見町、つくば市、下妻市の古墳巡りの続き。阿見町からつくば市に移動。つくば市の沼田八幡塚古墳から南西約800mに位置する中菅間稲荷塚古墳を訪れた。墳丘上に稲荷神社を祀るが、管理がされていないようで、下草が生い茂り、鳥居よ…

実穀古墳群 阿見町実穀

実穀(じっこく)古墳群は、乙戸川左岸の標高約22〜24mの台地上(だめき古墳から東に約450m)に位置し、南西に臨む乙戸川岸の水田との比高は約7m。1995年(平成7年)10月から翌年3月まで、住宅・都市整備公団の荒川本郷地区特定土地区画整理事業に伴う記録調査が行…

だめき古墳 阿見町荒川本郷

乙戸川右岸の牛久市から左岸の阿見町に移動。だめき古墳は、乙戸川左岸の台地上の南東端に位置する。いばらきデジタルマップでは、遺跡番号066、遺跡名はタメキ古墳で円墳1基、名は字名「荒川本郷字タメキ」に由来する。愛宕神社の碑の背後の下を乙戸川が流…

愛宕脇古墳 牛久市下根町

愛宕脇古墳は、琴塚の南西約450m、県道25号線(土浦稲敷線)沿いの牛久警察署隣に位置する。墳頂に愛宕神社を祀る。いばらきデジタルマップの牛久市の遺跡番号034の古墳。 茨城県牛久市下根町 愛宕脇古墳・琴塚古墳 | 古墳探訪記牛久市愛宕脇古墳 琴塚古墳 | …

琴塚古墳 牛久市下根町

次に小野川左岸の牛久市下根町の台地に位置する琴塚古墳を訪れた。いばらきデジタルマップの牛久市の遺跡番号039の古墳。常磐線「ひたち野うしく駅」から南東に徒歩15分の竹林の中にある。駅を軸とした区画整理事業「人人ニュータウンひたち野中央」で古墳の…

花見塚1号墳 牛久市柏田町

9月のお彼岸に、牛久市、阿見町、つくば市、下妻市の古墳巡り。 小野川右岸の台地に位置する花見塚古墳群は、いばらきデジタルマップの牛久市の遺跡番号126の古墳群。つくばセントラル病院の駐車場に花見塚1号墳が保存されている。以前は、駐車場の一角に花…

上境旭台貝塚 つくば市さくらの森

4年前に現地説明会で訪れた上境旭台貝塚。今年3月、中根・金田台特定土地区画整理事業の計画建設用地に「さくらの森ショッピングセンター」としてコメリパワー、ヨークベニマルなどがオープン。上境旭台貝塚の面影は、公共用地に整備された上境旭台貝塚公園…

佐古墳群 つくば市佐

つくば市佐の鹿島神社境内に1基の箱式石棺が保存されている。佐古墳群の石棺とのこと。佐古墳群からは、1855年(安政2年)9月耕作中に石棺が発見され、人骨三体のほか勾玉、管玉・鉄刀等が出土したとの記録が残されている(文献[2])。佐古墳群は、文献[3]の「佐…

高崎山古墳群 土浦市小高

8月のお盆の時期に所用のついでで、土浦市の高崎山古墳群の西支群の高崎山2号墳の横穴式石室を見学した。高崎山2号墳は、1997年(平成9年)に墓地造成事業に伴い発掘調査が行われた。全長35mの前方後円墳。後円部の横穴式石室が移設・保存されている。石室は全…

大洗町幕末と明治の博物館 大洗町磯浜町

7月に訪れた大洗町と明治の博物館は、元老院議官・警視総監・学習院長を歴任し、1895年(明治28年)宮内次官、1898年宮内大臣となった田中光顕(みつあき)により、1929年(昭和4年)に「常陽明治記念館」として開館。2010年(平成22年)6月に(財)常陽明治記念会から…

西原19号墳石室 大串貝塚ふれあい公園

大串貝塚ふれあい公園に復元されている西原19号墳石室。西原古墳群は、水戸市北西部、那珂川の支流・田野川に北面する上市台地の標高約 30.0mに位置する古墳群で、2012年度の第16地点の発掘調査で6基の埋没古墳(15〜20号墳)を確認、19号墳と20号墳から埋葬施…

ダイダラボウと縄文広場 大串貝塚ふれあい公園

大串貝塚ふれあい公園のシンボルとなっているダイダラボウの像は、常陸国風土記を生かした常澄村(つねずみむら)の村おこし事業として、1992年2月に完成。彫りの深い縄文人を意識したデザインで、貝塚の方角に手を伸ばす。完成当時は年間20万人が来園したとい…

大串貝塚 水戸市塩崎町

水戸市の大串貝塚にも寄り道。大串貝塚は、涸沼川をのぞむ那珂台地の先端に位置する縄文時代前期の貝塚で、汽水域に生息するシジミを主体とする。奈良時代に編さんされた「常陸国風土記」に記載があり、文献に記録された貝塚としては世界で最も古く、これに…

小幡北山埴輪製作遺跡 茨城町小幡

7月に大洗町幕末と明治の博物館を訪れた際に寄り道した遺跡を振り返る。茨城町の小幡北山埴輪製作遺跡は、涸沼川と寛政川にはさまれた標高22.5~27mの台地にあり、古くから「カベット山」(壁土山)と称され、良質の粘土のとれる場所として知られていた。195…

冬木A・B貝塚 五霞町原宿台

6月に幸手市郷土資料館で企画展を見学した後で、幸手市から中川を渡って、茨城県五霞町の権現堂川東岸の微高地台地上の辰堂(たつどう)公園に立てられた冬木A・B貝塚の説明板と復元された縄文時代の竪穴住居を見学した。権現堂川は江戸時代以前は渡良瀬川の…

山王塚古墳 笠間市小原

笠間市の一本松古墳群の散策の続き。 山王塚古墳は帆立貝形古墳だったが、1889年(明治22年)に水戸線敷設のため、前方部が削られ、径50mの後円部だけが残った。墳丘は3段築成。後円部墳頂には日枝神社が祀られているが、神社の参道も鉄道で分断されていて、参…