週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

鍰煉瓦

十条富士塚 (再訪) 北区中十条

3年前に古墳巡りを始めた頃に訪れた十条富士塚。古墳を利用した富士塚とされる。日光御成道(旧岩槻街道、都市計画道路補助第83号線)の拡幅工事が塚の手前まで迫っていると聞いて再訪した。 今年7月の十条富士塚神社の大祭の後に石碑移設・除去工事。12月頃か…

山形の鍰 足立区某所

隅田川を挟んだ北岸の足立区に残る山形の鍰(からみ)。 にほんブログ村

王子神社 北区王子本町

王子の地名の由来になった王子神社。旧称は王子権現。東京十社巡りの1社。1322年(元享2年)、領主の豊島氏が紀州の熊野権現を勧請して若一王子宮と奉斎、王子の名称が起る。 社殿の右脇から音無親水公園に降りる参道に鍰煉瓦(からみれんが)が埋め込まれている…

山形の鍰 北区某所

鍰煉瓦は鍰(からみ)を箱形に固めたものだが、鍰を山形に固めたものもある。 にほんブログ村

豊栄寺の鍰煉瓦 北区豊島

宗派を問わずに葬儀ができる会館を併設する豊栄寺。鍰煉瓦が目当てで訪れた。 にほんブログ村

北区の鍰煉瓦巡り(その3)

北区の鍰(からみ)煉瓦巡りの続き。 角の車避けの鍰煉瓦 敷地隅の鍰煉瓦 煉瓦造の花壇前の鍰煉瓦 建物の隅に鍰煉瓦 鍰煉瓦の欠片 電柱脇に鍰煉瓦 玄関脇に煉瓦on鍰煉瓦 駐車場に埋め込まれた鍰煉瓦 植木鉢の下に鍰煉瓦 シャッター前に鍰煉瓦 ドアの前に鍰煉瓦…

北区の鍰煉瓦巡り(その2)

北区の鍰(からみ)煉瓦巡りの続き。 自転車の前輪の下に鍰煉瓦 ブロック塀の角に鍰煉瓦 ホースに絡まれた鍰煉瓦 店舗前に鍰煉瓦 コンクリートに守られた鍰煉瓦 看板の足を守る鍰煉瓦 外階段と鍰煉瓦 ブロック塀の角に鍰煉瓦 給湯器と鍰煉瓦 袋小路に鍰煉瓦 政…

北区の鍰煉瓦巡り(その1)

北区の豊島5丁目団地の周辺に分布する鍰煉瓦(からみれんが)を探して歩いた。豊島5丁目団地は、1972年(昭和47年)から翌年に竣工した公団住宅で、千葉県袖ヶ浦市に移転した日産化学工業王子工場の跡地に建設された。日産化学工業王子工場は、1895年(明治28年)…

天理教東京教務支庁の鍰煉瓦の塀 豊島区駒込

染井霊園の隣の天理教東京教務支庁の鍰煉瓦の塀。文献[1]によると1999年4月の研修棟改修の発掘調査で大量の鍰煉瓦(からみれんが)のを使った塀が確認された。 敷地の内側から隣の泰宗寺との境の鍰煉瓦の塀 十二地蔵。享保15年の大火による犠牲者の冥福を祈る…

海軍下瀬火薬製造所跡 北区西ヶ原

西ヶ原みんなの公園の西側の下瀬坂。 下瀬坂はかつてこの地にあった海軍下瀬火薬製造所に由来する。下瀬火薬は、海軍技師下瀬雅允(しもせまさちか)が実用化した石炭酸を硝化して作るピクリン酸を主成分とする爆薬。1893年に日本海軍に採用され、日露戦争(190…

煉瓦造の蔵 (その1) 北区豊島

紀州通りの煉瓦造の蔵がある邸宅。 豊島にはかつて斎藤煉瓦製造工場があった。 にほんブログ村

海徳寺の鍰煉瓦の塀 品川区南品川

海徳寺の西側の塀の下部が鍰煉瓦(からみれんが)。 「奉納」と「明治四十三年十月」と記されている。 さらに進むと本覚寺の塀の角に「KHK」と記された京浜急行の標石(境界石)が見つかる。背後の高架に京急の電車と新馬場駅が見える。 にほんブログ村

新橋住友ビルの鍰煉瓦 港区新橋

新橋駅から南に徒歩6分の新橋住友ビルは、エントランスに愛媛県の四阪島銅製錬所で自家用に鋳造して使用していた鍰煉瓦(からみれんが)を敷石としている。新橋住友ビルには住友金属鉱山の本社が入居している。その関係か。 にほんブログ村

東京第二陸軍造兵廠王子工場の標石 北区王子

東京国税局王子税務署の西の通りに東京第二陸軍造兵廠王子工場(板橋火薬製造所王子工場)の標石(境界石)が残る。 「陸軍」の文字が刻まれている。よく見たら、隣の段差スロープにローマ字でことわざが書かれている。 塀に沿って鍰煉瓦(からみれんが)が並ぶ こ…

鍰煉瓦(からみれんが) 北区王子本町

鉱石から金属を精錬するときに生じる鉱物成分など含む物質をスラグもしくは鉱滓(こうさい)と呼ぶ。銅やアルミニウムなどの非鉄金属の精錬で生じたスラグの場合、鍰(からみ)とも呼ばれる。鍰煉瓦は鍰を型に流し込んで固めたもの。重い、衝撃に弱い(脆い)とい…