週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

前方後円墳集成 (東京都の前方後円墳・後方墳)

図書館で「前方後円墳集成 東北・関東編」を借りてきて、これまで訪れた古墳を調べた。いろいろ面白い。東京都の前方後円墳・後方墳は12基が記載されている。

■東京都
・摺鉢山古墳(天神山古墳)、前方後円、墳長70m

・芝丸山古墳、前方後円、総長120m、墳長105〜108m、内部主体は乱堀(江戸前期に破壊)、1898年に坪井正五郎が調査

・宝来山(ほうらいさん)古墳(西岡45号墳)、前方後円、墳長約100m、埴輪なし、1934年に土取りで後円部の大部分消滅、後円部中央に割竹形木棺(推定)と粘土槨(現存長2m、幅0.8m)、四獣鏡(径12.7mm)、硬玉勾玉4、碧玉管玉67、ガラス丸玉173、ガラス小玉390、紡錘車形石製品1、鉄剣6、鉄刀10、鉄槍1、未発掘の埋葬施設が残存する可能性は大である、1934年に西岡秀雄・細谷公一・三宅俊太郎が調査

多摩川台2号墳(西岡45号墳)、前方後円、周濠前方後円形(幅2.1m、深さ0.6m)、墳長38m、円筒V式埴輪、周堀内から須恵器(TK10・TK43)、後円部頂部中央に礫槨(未発掘)、前方部頂部中央に横穴式石室(泥岩、南に開口)、1990年に区教育委員会が再調査

・亀甲山(かめのこやま)古墳(西岡46号墳)、前方後円、墳長91m(復元104m)、葺石あり、1989年に区教育委員会が再実測、1991年4月実査

浅間(せんげん)神社古墳、前方後円、円筒・朝顔形IV式埴輪、動物埴輪(子鹿・猪・馬)、人物埴輪(男・女)、葺石(円礫)、1991年に実査、埋葬施設未調査

・西岡50号墳、前方後円(帆立貝形)、墳長28.4m、1960年代に後円部頂は削平され、一部のみ残る、造出部端も削平、1984年実査

・狛江亀塚(こまえかめづか)古墳、前方後円(帆立貝形)、総長51m、墳長40m、円筒・朝顔形V式、動物埴輪(馬)、人物埴輪、須恵器大甕、土師器壺、前方部は大破、後円部裾も宅地工事で削平、後円部頂部中央上部に木棺・木炭槨(推定長3.2m、幅1.0m)、銀環2、直刀1、鉄鏃・長頸鏃、刀子1、下部に木棺・木炭槨(長4.75m、幅0.9m)、副室は革敷、尚方作神人歌舞画像鏡(径207.5mm)、碧玉管玉8、ガラス丸玉336、ガラス小丸玉320、ガラス小玉450、鈴付銅釧、直刀1、鉄鏃・長頸鏃、槨外に毛彫金銅金具、直刀1、刀子4、金銅装馬具1式、前方部付根に組合式箱形石棺(泥岩、内法長1.75m、幅0.45m)

下記の4基はブログ記事を書いていない。

・庵谷(いおりや)古墳(西岡19号墳)、前方後円、墳長54m(最低60m)、後円部・前方部頂ともに1950年代に削平、鉄刀:直刀片、1985年8月実査、現在は空き地になっているようだ

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・新居里(あらいさと)古墳(西岡31・32号墳)、前方後円、墳長72m、器台形埴輪、円筒II式埴輪、石釧1、土師器、1991年4月実査、後円部と前方部は道路・庭で分断、現在は空き地になっているようだ(道路からは様子は伺えない)

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・観音塚(かんのんづか)古墳(西岡36号墳)、前方後円、墳長42.5m、円筒V式埴輪、器財埴輪(大刀)、人物埴輪、調査時は墳端部なし、1970年代に墳丘は道路・建物により破損、後円部中央に木棺と横穴式石室(両袖型):泥岩切石積4段、玄室長3.5m・高さ1.5m以上・幅1.5m以上、羨道長1m以上、碧玉管玉1、ガラス小玉73、水晶切子玉1、鉄刀4(鍔付2)、鉄鏃・長頸鏃97、刀子3、轡2組、鉄地金銅雲珠・留金具、1952年に東洋大学が発掘調査、現在は住宅が建っている。

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・砧(きぬた)中学校7号墳、前方後方、周濠あり、墳長65m、埴輪なし、土師器(五領式新)、1982年の調査で前方後方墳であることを確認、1960年に校舎敷地のため削平、後方部墳頂中央に粘土槨(長7.5m、高さ0.4m、幅1.5m)、珠文鏡(径48mm)、碧玉管玉14、ガラス小玉31、鉄剣1

 

荏原台古墳群では、上野毛稲荷塚古墳(前方後円)、野毛大塚古墳(帆立貝形)、扇塚古墳(前方後方?)が記載されていない。2000年に「前方後円墳集成 補遺編」が発行されているので、そこに記載されているかも知れない。

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