週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

古墳

弁天山古墳 富津市小久保

内裏塚古墳から南に4km離れた場所に単独で築かれた弁天山古墳。前方後円墳。全長87.5m。墳丘は土取り工事などで崩壊が進んでいた。1975年から4年間かけて墳丘の復元など保存整備された。後円部墳丘上の覆屋に竪穴式石室を保存。見学できる。この石室は1927年…

白旗塚古墳 (再訪) 足立区東伊興

毛長川南岸の自然堤防上に形成された白幡塚古墳群で現存する唯一の古墳、白旗塚(しらはたづか)古墳を再訪。古墳の周りを巡る水濠は古墳保護の観点で疑問。 白旗塚古墳は、古墳巡りを始めたばかりの2017年に訪れた思い出の古墳。 にほんブログ村

十条富士塚 (再訪) 北区中十条

3年前に古墳巡りを始めた頃に訪れた十条富士塚。古墳を利用した富士塚とされる。日光御成道(旧岩槻街道、都市計画道路補助第83号線)の拡幅工事が塚の手前まで迫っていると聞いて再訪した。 今年7月の十条富士塚神社の大祭の後に石碑移設・除去工事。12月頃か…

上野駅公園口とオリンピック記念マンホール蓋

上野駅公園口が新しくなったと聞いて見てきた。 上野駅の新しい公園口、さっそく見てきた。上野公園を見通せる広い改札はなかなか気持ちいいね。駅前がロータリー化して歩道になってる。 pic.twitter.com/hC8MSnvlSH— 黒織部 (@kurooribe) 2020年3月19日 桜…

牛沼古墳群 あきる野市牛沼

圏央道の秋川高架橋の下に保存されている牛沼古墳群。 牛沼1号墳。円墳。文献[1]では「墳丘は消滅、主体部は石積の一部と思われる石が露出している」と記載されている。 牛沼2号墳。円墳。文献[1]では「墳丘は消滅、主体部は石積の一部と思われる石が露出し…

あきる野No.71古墳 あきる野市平沢

あきる野市の遺跡番号71番の無名墳。墳丘には市の保存樹木「松海道の榎(えのき)」 74.松海道の榎 | あきる野市 にほんブログ村

大塚古墳 あきる野市雨間

あきる野市役所のトイメンの大塚公園の南にある大塚古墳。1982年(昭和57年)の測量調査で一辺約33mの方墳の可能性があるとされた。1993年(平成5年)の発掘調査では塚の可能性を示唆する結果だった。地下レーダー探査では墳頂下に埋納物の存在を示唆する結果で…

北小宮古墳 あきる野市草花

あきる野市の遺跡番号50番の北小宮古墳。東隣に小宮神社。文献[1]には「墳丘は残存。南側の裾が宅地によって削られている。径約15x20m、高さ約1m。墳丘上には15〜16cm大の河原石が散在している。墳頂付近に祠が祀られている。」と記載されている。 小宮神社 …

瀬戸岡古墳群 あきる野市瀬戸岡

多摩川の支流平井川右岸の秋留台地に位置する、都内有数の群集墳である瀬戸岡古墳群は、350m四方の範囲に50基ほどの古墳が分布する。都指定の史跡。 7号墳。石室が保存されている。 40号墳跡。 32号墳跡。1950年(昭和25年)に1号墳として発掘調査が行われた。…

飯野陣屋と三条塚古墳 富津市下飯野

飯野陣屋は江戸時代飯野藩の藩主保科家とその家臣たちの屋敷。慶安元年(1648年)から廃藩置県の明治4年(1871年)まで存続した。日本三陣屋の一つ。 内裏塚古墳群の三条塚古墳は、飯野陣屋内に位置する6世紀末葉の前方後円墳。全長122m。周溝長193mの二重周溝が…

亀塚古墳 富津市上飯野

内裏塚古墳群の亀塚古墳は、群中の中央部、三条塚の南東側に隣接する方墳。一辺38m。外辺58mと99mの二重周溝をもつ。群中では2番目の大きさの方墳。 南西から 消火栓 北から、北西側がえぐられている。 外周溝の北東辺は飯野陣屋の外濠に再利用されている。…

森山塚古墳 富津市下飯野

内裏塚古墳群の武兵塚古墳の西に位置する森山塚(もりやまづか)古墳。方墳。一辺27m。周溝外辺42.6m。群中の方墳では3番目の大きさ。 墳頂の森山塚の碑 森山塚古墳の位置 文献 [1] 富津市教育委員会 2011 「内裏古墳群 富津市文化財ガイドブック」 にほんブロ…

武平塚古墳 富津市下飯野

内裏塚古墳群の九条塚古墳の南方に位置する武平塚(ぶへいづか)古墳。前方後円墳。現在は後円部の東側と前方部の墳丘の一部を残すのみ。全長(復元長)69m。周溝全長93m。 東南から、右が後円部、左が前方部(跡)。 武平塚古墳の位置 文献 [1] 富津市教育委員会 …

九条塚古墳 富津市下飯野

昨年12月に三井アウトレットパーク木更津で買い物した後で、内裏塚古墳群の内裏塚古墳の南側の古墳5基を巡った。内裏塚古墳は今年5月に訪れている。最初に訪れた九条塚(くじょうづか)古墳は、内裏塚古墳の南に約650mに位置する前方後円墳。全長103m。周囲に…

東福寺 つくば市松塚

東福寺の山門前に、古墳の石室の石材が保存されている。詳細は不明。 この後、八坂神社の島田石を再訪した。記事の更新はなし。 にほんブログ村

松塚古墳群 つくば市松塚

武者塚古墳や坂田塙台古墳群のある桜川左岸の対岸(右岸)の自然堤防上に位置する松塚古墳群。 松塚1号墳。前方後円墳。全長69m。くびれ部に食い込む形で鹿島神社を祀る。 西から、左が後円部、右が前方部。 前方部 後円部 北から、後円部。 南東から、左手前…

常名天神山古墳 土浦市常名

常名(ひたな)天神山古墳は桜川左岸の台地の端に築造された前方後円墳。現在は全長約70m、復元長は約90m。低平な前方部から古墳時代前期(5世紀初め頃)の築造と推定。後円部には常名神社を祀る。土浦市指定史跡。 前方部に石造宝篋印塔(安土桃山時代、市指定文…

吉瀬東古墳群 (再訪) つくば市吉瀬

前回、訪問時に2号墳を確認しなかったので吉瀬東古墳群がある鹿嶋神社を再訪した。 北西から、県道24号線(土浦学園線)の右側の森の中にある。左側の森には鹿島様古墳がある。 鹿嶋神社 鹿嶋神社の左に天満天神宮がある。古墳はここではない。 その脇に石仏も…

蛇喰古墳 牛久市神谷

昨年11月17日に、土浦市の武者塚古墳の石室見学前に立ち寄った。蛇喰古墳(じゃばみこふん)は牛久市最大規模の前方後円墳。全長45m。古墳時代後期の築造。後円部の墳頂に稲荷神社が祀られている。 後円部の裏の神谷地区公会堂では地元の方々がイベントの仕込…

摺鉢山古墳 (再訪) 台東区上野公園

東京国立博物館のついでに上野公園の摺鉢山古墳を再訪。前方後円墳。後円部の北東側の石段から墳頂に登って、南西を見たら、ちゃんと前方部の墳丘が確認できた。古墳巡りを始めたばかりの3年目は前方部がどこか全然わからなかった。修行を積んでフォースが身…

田土部稲荷古墳 土浦市田土部

桜川左岸の筑波鉄道筑波線の田土部駅跡近くに位置する田土部稲荷古墳。円墳。土浦市の遺跡番号024。 にほんブログ村

熊野古墳 かすみがうら市市川

石岡市南部を流れる恋瀬川に架かる国道6 号の恋瀬橋の右岸にある恋瀬橋ロードパークから徒歩7分の国道脇に熊野古墳がある。熊野古墳は5世紀前半の古式の前方後円墳。全長63m。後円部に熊野権現を祀る。 ホテルのスロープの脇に熊野古墳の道案内の看板が目立…

茨城古墳 石岡市茨城

茨城県の地名の由来となった「茨城」の発祥の地にある茨城古墳。円墳。墳頂部削平。ばらき台第2公園になっている。 墳頂には4宇の祠を祀る。 砂場を改修中 茨城の発祥の地は茨城県茨城町かと思っていたら、石岡市茨城に茨城古墳があって、あれれ。ちなみに、…

愛宕神社古墳 石岡市貝地

常陸国府跡から南東に1.2kmの位置にある愛宕神社古墳。円墳。一部削平。墳丘に愛宕神社を祀る。また、平景清を祀る景清塚とも伝わる。 「平景清公之霊地」の碑 「平景清」について調べてみた。平安時代末期から鎌倉時代初期の武士で、本名は藤原景清(ふじわ…

長堀2号墳 石岡市柿岡

佐自塚古墳の西約1kmの標高35mほどの平坦な台地上に所在する長堀2号墳。佐自塚古墳と長堀2号墳の間には恋瀬川が流れる。長堀2号墳は丸山古墳とほぼ同一規模の前方後方墳。全長46m。 左手前が前方部、右奥が後方部 左奥が後方部、右手前が前方部 後方部 左手…

佐自塚古墳 石岡市佐久

丸山古墳の北に約550mの丘陵の南端尾根にある佐自塚古墳。前方後円墳。全長58m。後円部の中央の墳頂下約1.5mの地点から約6mの割竹形木棺を収めた粘土槨の埋葬施設が検出されている。5世紀中葉前後の築造。大型の粘土槨を主体部とする古墳は、茨城県では大洗…

二子塚古墳(丸山4号墳) 石岡市柿岡

丸山古墳を見学した後で、「古代散策ロード」の地図にあった二子塚古墳を探索した。 説明板を発見。二子塚古墳(丸山4号墳)は、丸山古墳の東方30mに位置する前方後円墳。全長35m。主軸は西北方。説明板の左に後円部の横穴式石室の開口部に至る進入路があった…

丸山古墳 石岡市柿岡

第十代崇神天皇の第一皇子の豊城入彦命の奥津城との伝承がある丸山古墳。前方後方墳。全長55m。1952年(昭和27年)に明治大学後藤守一教授の指導で発掘調査され、後方部の墳頂下約2mの地点から粘土槨が見つかった。4世紀後半ごろの築造。 左が後方部、右が前方…

岩谷古墳 石岡市青田

土浦市と石岡市を結ぶ県道138号の朝日トンネル(1,784m)を抜けた先にある岩谷古墳。円墳。複式構造の横穴式石室が開口する。東日本大地震で石室の壁石が1枚倒れた。平成29年度に発掘調査と石室の解体、修復、墳丘の復元を実施。 「石岡を掘る4展示解説」に復…

山の根古墳群と三ノ耕地遺跡 吉見町久米田

山の根古墳群の山の根1号墳は、吉見丘陵南端の尾根の上に、前方部を南に向け、三ノ耕地遺跡のある沖積低地を見下ろすように立地する。前方後方墳。墳長54.8m。墳丘は地山の削り出しと、盛り土で形成。4世紀前葉の築造。三ノ耕地遺跡の墳墓群との連続性が想定…