週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

古墳

古墳の被葬者

古墳発掘の現地説明会の質問コーナーで地元の人から「誰の墓か?」という質問がよくある。答えは「残念ながらわからない」で「地元の有力者(または首長)の墓」となる。理由は、古墳の築造された時代の史料がない。同時代の史料としては、3世紀末に書かれた魏…

西新井浅間神社 足立区西新井

東武大師線の大師前駅から西に徒歩6分の環七のすぐ北にある西新井浅間神社。文献[1]では「円墳?」「1万分の1地形図(昭和12年)に墳丘が認められる。墳丘の削平がいちじるしい。頂部に祠を置く。古墳とするよりも塚である可能性が高い。」とする。 西新井大師…

普門寺の八幡石 日野市日野本町

七ツ塚古墳群を再訪した後で、ご〜ご〜ひでりんさんに教えていただいた普門寺の八幡石を見学した。 八幡石は本堂の前にあった。古墳石室の天井石と考えられている。 七ツ塚古墳群の南西2kmの八王子市には高倉町の地名が残り、「高倉北の塚」とは七ツ塚古墳群…

七ツ塚古墳群 (再訪) 日野市新町

仕事納めの後、七ツ塚古墳群の残存する墳丘を確認するために再訪した。 七ツ塚公園から西側の日野自動車総合グラウンドの体育館。体育館の工事の時に七ツ塚の一つを潰したとの情報もある。 体育館の南側に七ツ塚古墳群の4基の墳丘が残存する。北東から。 南…

船田古墳 八王子市長房町

都営長房団地の造成に伴う発掘調査で径約14mの円墳の周溝と川原石を積んだ石室が検出された。墳丘は削平されていた。古墳は公園内に埋め戻され保存された。石室は、玄室の入口と羨道との段差が片方しかない片袖式、片側の側壁には緩い胴張りが認められる。 …

鹿島古墳 八王子市楢原町

北鹿島古墳のすぐ南にある鹿島神社。1967年に神社内で鹿島古墳の調査が行われた。文献[1]によると「径5m、高さ0.5mの墳丘が残っていたと言うが、現在では消滅。」「主体部は川原石による。横穴式石室的縦穴式石室(右片袖形)。主軸N-53°-E。長さ5.32m、奥壁幅…

鹿島北古墳 八王子市楢原

一本松古墳から南東に徒歩5分に位置する鹿島北古墳。文献[1]によると「墳丘は直径約3m、高さ約0.7mの地膨れが残る。主体部は内容不明。日枝神社の祠が祀られている。付近に存在した古墳を合祀したという地元民の話も伝わる。」とされる。 東から。正面の段丘…

一本松古墳 八王子市楢原

浅川の支流の北浅川と川口川に挟まれた台地に所在する一本松古墳。名前の通り松がある。文献[1]によると「墳丘は道路により削平されているが、墳丘東側が残存。残存する高さは1.0〜1.3m.。直径は10m前後。主体部は内容不明。」とのこと。 近くの土地区画整理…

北大谷古墳 八王子市大谷町

中央自動車道の八王子インターの南にある都立小宮公園から、徒歩で北大谷古墳を目指した。 何の目印もない山道に入る。Google Mapだけが頼り。 古墳の周囲は畑と原っぱが広がる。 南西から。木立の中に墳丘が認められる。古墳は、丘陵尾根よりやや南に向かっ…

浄土古墳群 昭島市田中町

1975年に浄土寺趾と伝わる地で石室が検出された。1981年に周辺から小石室4基が検出された。これらを浄土古墳群と呼ぶ。文献[1]によると1号墳の「墳丘は消滅」「主体部は小公園として石室を保存。川原石による。奥壁は凝灰質砂岩の一枚岩。明確な羨道のない横…

七ツ塚古墳群 日野市新町

日野台地の北西部、西に谷地川を望む七ッ塚遺跡に所在する七ツ塚古墳群。七ツ塚公園として整備された。 七ツ塚公園内にある金刀比羅神社。文献[1]によると「最初の発掘は明治27年と言われている」「地元の人々の伝承では2基の古墳を発掘し、その時の土を1ヶ…

立川No.13古墳(沢稲荷) 立川市柴崎町

多摩モノレールの柴崎体育館駅から西に徒歩10分。南に多摩川を見おろす青柳段丘上にある沢稲荷は、『東京都遺跡地図』に立川市の遺跡番号13番の古墳として登録されている。立川市内で唯一、墳丘の残存する古墳。 西から。 北西から。 東から。 北から。 文献…

飛田給古墳群 調布市飛田給

飛田給(とびたきゅう)古墳群は飛田給1号墳から5号墳、桜塚1号墳から15号墳で構成されるが、墳丘が現存するのは桜塚1号墳と桜塚10号墳の2基のみ。 桜塚1号墳。1994年12月に多摩地区所在古墳確認調査団が測量調査した。文献[1]によると「円墳。裾が大きく削平…

古天神2号墳 調布市布田

上布田古墳群の古天神2号墳は、文献[1]によると「周溝の一部を確認。古天神1号墳と同規模と推定。古天神公園に保存。昭和54(1979)年7月調布市遺跡調査会により調査。」とされる。 説明板には「円形周溝墓とよばれる5世紀ごろのお墓」と書かれているが、円墳…

片平富士塚古墳 川崎市麻生区片平

神奈川県川崎市と東京都町田市の都県境の川崎フロンターレ麻生グランドの南、鶴川総合運動場の敷地内に片平富士塚古墳はある。現在、運動場はJR東海のリニア中央新幹線計画の非常口の予定地として管理されている。 南から。手前がグラウンド。 北東から。 北…

荒久古墳 千葉市中央区青葉町

東京湾に開析された千葉寺谷の最奥部に造られた荒久古墳(あらくこふん)。方墳。一辺約20m。残存長約9m。8世紀(古墳時代終末期)の築造。青葉の森公園の彫刻広場の隣にある。 南東から。墳丘に石碑が見える。 南から。 東から。 北から。「天女の舞」(北村西望…

千葉大学医学部構内遺跡 千葉市中央区亥鼻

2002年に千葉大学医学部の総合研究棟の建設に伴う発掘調査で7基の七天王塚の中心から帆立貝形の前方後円墳が見つかった。墳丘は削平されていたが、周溝、横穴式石室、人骨、金環、鉄鏃、馬具(轡など)が検出された。推定全長28m。石室は七天王塚の脇に移築さ…

七天王塚 千葉市中央区亥鼻

千葉大学亥鼻キャンパス内に5基、キャンパス南の道路脇に2基、合わせて7基の塚は牛頭天王を祀り、七天王塚と呼ばれる。七天王塚を含む亥鼻城跡は千葉市の史跡に指定されている。七天王塚の中心から古墳が発見されていることから七天王塚も古墳の可能性もある…

愛宕神社古墳 鴻巣市下忍

鴻巣市下忍の愛宕神社の拝殿裏の本殿の土台部分が愛宕神社古墳。径22mの円墳とされるが塚の可能性あり。 にほんブログ村

宝養寺古墳 鴻巣市下忍

鴻巣市下忍の宝養寺の墓地になっている宝養寺古墳。方墳。一辺45m。 南西から。 南から。 南東から。 東から。 北東から。 にほんブログ村

愛宕神社古墳 鴻巣市安養寺

元荒川左岸の自然堤防に築かれた安養寺(あんようじ)古墳群に属す愛宕神社古墳。安養寺南古墳の北側にある。円墳。径21.5m。藪に覆われ墳丘はよくわからない。 にほんブログ村

安養寺南古墳 鴻巣市安養寺

元荒川左岸の自然堤防に築かれた安養寺(あんようじ)古墳群に属す安養寺南古墳。安養寺の北隣の安龍寺の墓地になっている。詳細不明だが前方後円墳の可能性あり。約80m×約43m、高さ1m。八幡神社古墳から北に徒歩9分。 安龍寺 元徳三年宝篋印塔。安龍寺の開祖…

八幡神社古墳 鴻巣市安養寺

元荒川左岸の自然堤防に築かれた安養寺(あんようじ)古墳群に属す八幡神社古墳。円墳。径45m。八幡神社を祀る。象形埴輪を含む埴輪片が採取されている。隣接する道路の下水路工事で鶏形埴輪の首の部分が発見された。 北東から。 北西から。参道が境内で直角に…

富士塚古墳 久喜市菖蒲町下栢間

栢間(かやま)古墳群の栢間七塚と呼ばれる古墳うちの一基。富士塚古墳。方墳。一辺10m。 墳頂の石碑には蚕影大神(蠶影大神)、木花咲耶姫、豊受姫神(豐受姫神)と刻まれている。 逆光で刻まれた文字は読めず。 にほんブログ村

物見塚古墳 久喜市菖蒲町新堀

小林八束1遺跡から北に2km、江戸時代に開削された見沼代用水路の右岸にある物見塚古墳。未調査のため詳細不明。径20mの円墳とされるが塚の可能性もある。 北西から。 北から。 東から。 南東から。 南から。 にほんブログ村

日枝神社古墳 川越市小仙波町

喜多院山門前にある日枝神社。その境内に日枝神社古墳の前方部の墳丘の一部が残存する。1924年の県道工事で墳丘の大部分が削平された。規模不明。前方後円墳。 日枝神社古墳(多宝塔古墳) | 川越の観光・お出かけ情報 カワゴエール 日枝神社 - 川越大師 喜…

三変稲荷神社古墳 川越市小仙波町

新河岸川西岸、小仙波4丁目遺跡などから続く方形周溝墓群の南端、仙波台地東縁にある三変稲荷神社古墳。方墳。一辺22m。4世紀後半の築造。入間郡で最古の古墳。墳丘の上に稲荷様を祀る。 近隣から表採された鼉竜鏡(だりゅうきょう)と碧玉製石釧(へきぎょくせ…

権現山古墳群 ふじみ野市滝

権現山古墳群は、新河岸川を臨む標高16mの武蔵野台地の縁に位置し、滝地区の古墳時代前期の集落を見下ろすように前方後方墳1基と方墳11基が築かれた。 2号墳。前方部後方墳。全長32m。3世紀後半の築造。周溝から焼成後の底部穿孔壺形土器と焼成前底部穿孔壺…

大井公園内古墳 品川区東大井

京浜急行鮫洲駅の西方約100mの大井公園にある築山のようなマウント。都心部遺跡分布調査団により行われた1983年(昭和58年度)の品川区大井地区の古墳分布調査により円筒埴輪片が採集されている。『東京都遺跡地図』では品川区遺跡No.20、大井公園内古墳、古墳…

港区No.33遺跡 港区麻布台

麻布郵便局が入居する日本郵政グループ飯倉ビル(旧逓信省貯金局庁舎)の裏の駐車場に港区No.33遺跡はある。『東京都遺跡地図』で港区No.33遺跡、古墳?、円墳として登録されている。『都心部の遺跡』では、「一部遺存、円墳(長径33m、短径19.4m)、主体部不明…