週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

寺院

碩運寺(寺の湯跡) 荒川区西尾久

大正2年、飛鳥山下と三の輪の間を結ぶ王子電車(現在の都電)が開通し、翌年、碩運寺(せきうんじ)にラジウムを含む鉱泉の温泉「寺の湯(後の不老閣)」が開業した。不老閣をきっかけに、尾久地域に続々と温泉旅館や料理店が開業し、東京郊外の温泉街として知られ…

金剛寺 北区滝野川

清光寺の南南西に約2kmの石神井川の紅葉橋のたもとの金剛寺に源頼朝の布陣伝承地の説明板が立つ。 石神井川緊急事態宣言の解除を受け、古墳巡りの再開を検討中。東京アラート発動中。 にほんブログ村

清光寺 北区豊島

清光寺は、平安時代末期から鎌倉時代初期、豊島郡を中心に活躍した豪族豊島康家・清光が開基した寺院と伝えられる。清光寺に安置されている僧形の清光の坐像は、現存する唯一の清光の肖像で、北区の有形文化財に指定されている。江戸時代の作。清光は近年に…

巣鴨さざえ堂 豊島区西巣鴨

大正大学構内に建築された「すがも鴨台観音堂(おうだいかんのんどう)」は、その姿が巻き貝のさざえに似ていることから「鴨台さざえ堂」の愛称で呼ばれている。大乗仏教精神に基づく建学の理念「智慧と慈悲の実践」を具象化した仏教文化施設で、建物は八角・…

観音寺築地塀 台東区谷中

谷中の観音寺の境内の南の塀は、瓦と粘土を交互に積み重ねた江戸時代末頃に築造された練壁で築地塀(ついじべい)と呼ばれ、江戸有数の寺町であった当時の面影を伝える。観音寺は1772年の明和の大火で焼失し、文政年間(1818ー1831年)頃に再興された。 観音寺築…

天王寺五重塔跡 台東区谷中

幸田露伴の小説「五重塔」で知られる天王寺の五重塔は1957年(昭和32年)に放火により焼失した。谷中霊園に跡が残る。 天王寺五重塔跡 | 千駄木谷中界隈散策コース | 東京都文化財めぐり 谷中の五重塔焼ける | NHK放送史(動画・記事) 天王寺は谷中霊園の煉瓦…

旧上野の黒門 荒川区南千住

旧寛永寺黒門が円通寺に移築されている。寛永寺の八門のうちの表門。1868年(慶応4年)、彰義隊の兵火(上野戦争)の際に黒門前でも激しい攻防が広げられた。無数の弾痕が往時の激戦を今に伝える。円通寺は791年(延暦10年)に坂上田村麻呂の開創と伝わる。 円通寺…

寛永寺根本中堂 台東区上野桜木町

1625年(寛永2年)に、江戸城の鬼門(東北にあたる上野の台地に、慈眼大師(じげんだいし)天海(てんかい)大僧正によって建立された天台宗の別格大本山の寛永寺。総本堂の根本中堂は、1698年(元禄11年)に現上野公園内大噴水の地に建立された。1868年(慶応4年)、彰…

増上寺 港区芝公園

浄土宗の七大本山の一つの増上寺。酉誉聖聰(ゆうよしょうそう)上人によって、浄土宗正統根本念仏道場として創建された。1598年に現在地に移転。 三解脱門(三門)。1622年(元和8年)に再建。江戸初期の増上寺の面影を唯一残す。国宝。 大殿。戦災で焼失した本堂…

弁財天 台東区上野公園

谷中七福神巡り。谷中七福神は、江戸時代中期の宝暦年間(1751~1764年)に始まった最も古い七福神巡礼。毎年元旦から1月10日までがご開帳期間。 不忍池の弁財天、夫婦円満・知恵を与える神 (2014年1月4日撮影) 花見の季節の弁財天の参道。 (2020年3月撮影) 普…

護国院 台東区上野公園

谷中七福神巡り。谷中七福神は、江戸時代中期の宝暦年間(1751~1764年)に始まった最も古い七福神巡礼。毎年元旦から1月10日までがご開帳期間。 上野護国院の大黒天、豊作開運招福の神 (2014年1月4日撮影) 不要不急の外出自粛要請を受け、現在、古墳巡りを自…

長安寺 台東区谷中

谷中七福神巡り。谷中七福神は、江戸時代中期の宝暦年間(1751~1764年)に始まった最も古い七福神巡礼。毎年元旦から1月10日までがご開帳期間。 谷中長安寺の寿老人、家庭円満・無病息災の神 長安寺-谷中七福神-壽老人(寿老人)- (2014年1月4日撮影) 不要不…

天王寺 台東区谷中

谷中七福神巡り。谷中七福神は、江戸時代中期の宝暦年間(1751~1764年)に始まった最も古い七福神巡礼。毎年元旦から1月10日までがご開帳期間。 谷中天王寺の毘沙門天、家族を守り勇気を与える神 本堂と銅造釈迦如来坐像 向唐門 毘沙門堂 護国山尊重院 天王寺…

修性院 荒川区西日暮里

谷中七福神巡り。谷中七福神は、江戸時代中期の宝暦年間(1751~1764年)に始まった最も古い七福神巡礼。毎年元旦から1月10日までがご開帳期間。 日暮里修性院の布袋和尚、平和を授ける神 修性院 (しゅしょういん) 荒川区公式ホームページ (2014年1月4日撮影…

青雲寺 荒川区西日暮里

谷中七福神巡り。谷中七福神は、江戸時代中期の宝暦年間(1751~1764年)に始まった最も古い七福神巡礼。毎年元旦から1月10日までがご開帳期間。 日暮里青雲寺の恵比寿、商売繁盛・大漁の神 青雲寺(せいうんじ) 荒川区 (2014年1月4日撮影) 不要不急の外出自…

東覚寺 北区田端

谷中七福神巡り。谷中七福神は、江戸時代中期の宝暦年間(1751~1764年)に始まった最も古い七福神巡礼。毎年元旦から1月10日までがご開帳期間。 田端東覚寺の福禄寿、長寿・長命の神 東覚寺 | 歩きたくなる街東京都北区 (2014年1月4日撮影) 不要不急の外出自…

豊栄寺の鍰煉瓦 北区豊島

宗派を問わずに葬儀ができる会館を併設する豊栄寺。鍰煉瓦が目当てで訪れた。 にほんブログ村

長徳寺 品川区南品川

時宗寺院の長徳寺。背後に品川区立城南小学校の校舎が見える。 長徳寺の墓地に煉瓦塀に囲まれた墓がある。 品川区立城南幼稚園の前に建つ「品川区立城南小学校」の立て札。城南小学校は明治7年に常国寺に開校。 標石。品川区のマークかと思ったが、西鉄のマ…

海徳寺の鍰煉瓦の塀 品川区南品川

海徳寺の西側の塀の下部が鍰煉瓦(からみれんが)。 「奉納」と「明治四十三年十月」と記されている。 さらに進むと本覚寺の塀の角に「KHK」と記された京浜急行の標石(境界石)が見つかる。背後の高架に京急の電車と新馬場駅が見える。 にほんブログ村

善福寺 品川区北品川

北品川の煉瓦巡りの2カ所目は、善福寺。 名工「伊豆の長八」こと入江長八の作の龍 「分銅」印の刻印。 「分銅」印と「ハ」の刻印。 「分銅」印の刻印は、文献[2]によると、かつては横浜市内で発掘される「分銅」印の煉瓦は小菅集治監製と推測されていたが、2…

法禅寺 品川区北品川

北品川の煉瓦巡り。京急の北品川駅で下車して、第一京浜(国道15号線)を南に歩く。まず、目に付いたのがガレージ横の塀。上部に煉瓦を3段積んである。 刻印? よく見ると奥に煉瓦造の蔵。 京急の高架下の駐車場の塀がフランス積みの煉瓦塀。塀の向こうに煉瓦…

谷中霊園の煉瓦 台東区谷中

谷中霊園に煉瓦を積んだ墓がある。 脇には煉瓦が敷かれている 刻印も見つかる。丸にサ? 丸に「サ」の字の刻印は、神田駿河台の松山堂の蔵の煉瓦でも見つかる。 あとはよくわからない 近くでスクラッチタイルを貼った柱で囲われた墓を見つけた。 天王寺の大…

常行寺の煉瓦造御堂 品川区南品川

海徳寺の南の常行寺には煉瓦造の御堂が残る。 にほんブログ村

海徳寺の煉瓦塀 品川区南品川

目黒川に隣接する海徳寺の塀の一部に煉瓦塀が残る。 軍鑑千歳殉難者之碑。1906年(明治39年)、品川沖に停泊していた軍艦 千歳に渡る伝馬船が突風を受けて転覆。乗組員ら83人が死亡。海徳寺に弔われた。 王さんが巨人軍の選手のときに、ホームラン記録達成ごと…

川崎大師(平間寺) 川崎市川崎区大師町

京急大師線の鈴木町駅の一つ先が川崎大師駅。駅前に京浜急行電鉄発祥の地のモニュメントがある。明治32年に大師電気鉄道が川崎六郷橋・川崎大師間の営業を開始したのが始まり。 第一京浜国道の六郷橋の近くに六郷橋駅のホーム跡が残る。 大師仲見世 大山門 …

法光寺の煉瓦塀 荒川区西日暮里

都心部にある16ヶ所の富士見坂のうち唯一、富士山を眺望できる坂とされていた荒川区の富士見坂。残念ながら2013年6月にその眺望は失われた。 坂の左側の法光寺の墓域との境が煉瓦塀。手前は新しいが、奥に古い煉瓦塀が残る。イギリス積み。文献[1]によると「…

谷根千 煉瓦巡り(13) 妙情寺 台東区谷中

先ほどの煉瓦造の建物から言問通りの向かい側にある妙情寺に煉瓦塀が残る。 焼き過ぎ煉瓦。小口積み。 隣の上聖寺の手前にフランス積みの煉瓦塀。 にほんブログ村

谷根千 煉瓦巡り(6) 一乗寺 台東区谷中

谷中のヒマラヤ杉の分岐を左に進み、右に曲がると突き当りの壁がモルタルで塗られているが煉瓦塀と気づく。大法山一乗寺の煉瓦塀。イギリス積み。 一乗寺の門 境内の煉瓦塀。フランス積み。 煉瓦塀を内側から 谷中のヒマラヤ杉の分岐を右に進むと谷中富士が…

谷根千 煉瓦巡り(2) 大円寺 台東区谷中

かき氷ひみつ堂の前の通りを南に進むと、保育園(たちばながくえん)の斜め向かいに高光山大円寺の煉瓦塀が現れる。 右のケヤキは、台東区の景観重要樹木に指定されている。 イギリス積み。 ひみつ堂のかき氷 景観重要建造物及び景観重要樹木 台東区ホームペー…