週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

平将門

伝平国香供養塔 龍ケ崎市川原代町

こちらは、平国香供養塔と伝わる安楽寺の飛地に立つ石造宝篋印塔。安楽寺は国香の息子貞盛が父の供養のため建立したと伝わる。この地域は、平安時代後期から南北朝時代にかけて「相馬御厨」と呼ばれる荘園に属し、そこを実質的に支配していたのが平将門の子…

桔梗田(桔梗姫入水の地) 取手市岡

大日山古墳のある岡台地は、平将門が城館を構え、城館の隣に愛妾桔梗姫の御殿があったと伝わる。将門の最後を知った姫は、城下の沼に入水して果てたとされる。今は、埋め立てられて水田になり、この水田を地元では桔梗田と呼び、祟りを畏れ、村の共同管理地…

仏島山古墳 取手市岡

取手市に残る将門伝説の地を散策。 平将門の墓との伝説がある仏島山古墳。1895年(明治28年)に古墳は開墾され、土は学校建設予定に運ばれた。この時、多数の埴輪と石棺が出土し、石棺からは人骨・刀剣・勾玉・鏃などが発見され、帝室博物館(現在の東京国立博…

桔梗塚 取手市ノ井

取手市に残る将門伝説の地を散策。 桔梗塚は、平将門の愛妾であった桔梗御前が、将門の討死後ここまで逃れてきて、追っ手の手にかかり亡くなったと伝わる。非業の死を遂げた桔梗御前の恨みで、桔梗を植えても花が咲かないとか、桔梗を植えてはいけないと伝わ…

一峯貝塚 板倉町海老瀬

3県境を見学後、群馬県板倉町の一峯貝塚を訪れた。板倉町海老瀬の権現沼の南に位置する一峯貝塚と北に位置する離山貝塚を合わせて権現沼貝塚群と呼ばれ、縄文海進時の縄文時代前期(約7,000年前)に営まれた。 一峯貝塚(いちみねかいづか) - 板倉町 離山貝塚…

神田明神 (再訪) 千代田区外神田

新年度の初日の出社前に神田明神を参拝。随神門の前で神馬のポニーのあかりちゃんがお出迎えしてくれた。 千代田区町名由来板 神田同朋町 千代田区町名由来板 宮本町・神田神社 かわいいいいい……です!お正月、たくさんの人に会ってお疲れのようです。そっと…

平国香の墓 筑西市東石田

常陸平氏や伊勢平氏(清盛の系譜)の祖である平国香の墓が筑波山のふもとの筑西市にある。898年(昌泰元年)に国香は上総介に任じられた父の平高望(桓武天皇の曾孫)とともに坂東に下向。前任の常陸大掾源護の娘を妻とし護よりその地位を受け継ぎ常陸大掾として常…

神田明神 千代田区外神田

東京十社巡り。江戸総鎮守の神田明神。明神さま。730年(天平2年)に現在の将門塚周辺に、出雲系氏族の真神田臣(まかんだおみ)が祖神大己貴命(だいこく様)を奉祀したこと始まる(諸説あり)。大己貴命(オオナムチノミコト、だいこく様)、少彦名命(スクナヒコナノ…

東福寺 つくば市松塚

東福寺の山門前に、古墳の石室の石材が保存されている。詳細は不明。常陽リビング『茨城歴史散歩』の2009年の記事「東福寺の滝夜盛姫伝説」によれば、平将門の娘の滝夜盛姫(たきやもりひめ)の墓が東福寺の西200mの畑の中にあり、寺の入口の石材は、明治期に…

将門首塚 (再訪) 千代田区大手町

昨年末に、近くに来たので将門首塚をお参りした。一昨年11月には周囲のビル工事のため囲われていたが、取り払われていた。何組もお参りしていた。 何かと言い伝えの多い大手町の「将門の首塚(将門塚)」は4月下旬まで工事中。現在、代わりに参詣するための…

築土神社 千代田区九段北

暁星学園の煉瓦塀を見に行く途中で築土神社(つくどじんじゃ)があったのでお詣りした。築土神社は将門の首が安置されたと伝えられ将門信仰の中心的神社。 写真の文字が読めないので文字を起すと「天慶3年(940)、関東平定の末、藤原秀郷らの手で討たれ京都で晒…

七天王塚 千葉市中央区亥鼻

千葉大学亥鼻キャンパス内に5基、キャンパス南の道路脇に2基、合わせて7基の塚は牛頭天王を祀り、七天王塚と呼ばれる。七天王塚を含む亥鼻城跡は千葉市の史跡に指定されている。七天王塚の中心から古墳が発見されていることから七天王塚も古墳の可能性もある…

東京の博物館巡り、ケイナー博士講演会、将門首塚

平日に東京の博物館巡りをした。最初に訪れたのは港区立三田図書館の4階にある港区立港郷土博物館。2016年の正月に放送された「怒り新党」の「新三大知る人ぞ知る素晴らしき博物館」で1位に選ばれた。訪れてみたら、なんと移転のため9月1日で閉館だった。11…

御嶽山(九重神社) 川口市安行原

高稲荷古墳跡から北に1.5Kmの九重神社にある御嶽山は海抜32mで安行で一番高い場所。木曽の御嶽山(3,067m)を信仰する御岳講中によって造られた塚(御岳塚)。この丘は久保山と呼ばれ、その昔、平将門が砦を築いたと伝わる。 左の石段を登る。 山頂の碑。「(中央…