週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

陸軍

アラモ伝道所 (Mission Alamo) San Antonio, TX, USA

アラモ伝道所は、18世紀にスペイン帝国が建設したインディアンをキリスト教に改宗させる教育のための施設で、19世紀には軍事要塞として使用され、メキシコの一部だった「テハス」(現在のテキサス州)がメキシコ合衆国からの分離独立を目指したテキサス独立戦…

陸軍用地の標石 渋谷区宇田川町

東急ハンズ渋谷店の先の角に残る「陸軍用地」の標石。渋谷区清掃事務所の敷地内にある。以前は、コンクリートとブロックの擁壁に食い込むように残っていたが、擁壁の改修工事で移設されたそうだ。この辺りには、旧陸軍の代々木練兵場や陸軍監獄があった。代…

国府台遺跡出土の煉瓦 市川市国府台

3年前に参加した千葉県市川市の国府台県営住宅の建て替えに伴う国府台遺跡の発掘調査の現地説明会の写真をチェックしたら、刻印のある煉瓦の写真があった。当時は煉瓦の知識がなかったので刻印の意味もわかっていなかった。3種類の桜の刻印は小菅集治監製? …

埼玉縣護國神社 さいたま市大宮区高鼻町

1934年(昭和9)に埼玉県招魂社として設立された埼玉縣護國神社。埼玉県関係の英霊を祀る。 艦砲弾。径24糎(センチ)。全長約90糎(センチ)。艦名は不明。 にほんブログ村

靖国神社 千代田区九段北

1869年(明治2年)に東京招魂社として創建された靖国神社。1879年(明治12年)に靖国神社に改称。ペリー来航(1853年)から太平洋戦争(1941-1945年)までの国内外の戦乱・事変・戦争等の国事に殉じた軍人・軍属等の戦没者246万6千余柱を「英霊」として祀る。 大村益…

陸軍の標石 板橋区板橋、加賀

板橋区立第五中学校の脇に「陸軍省」と記された標石(境界石)が残る。 第五中学校から北西に約800mの住宅地に「陸軍用地」と記された標石が残る。以前は古い塀があったそうだが、現在は塀はなく住宅を建設中。 にほんブログ村

陸軍被服倉庫跡と道合遺跡 北区赤羽台

北区赤羽台団地を再開発したUR都市機構の公団住宅「ヌーヴェル赤羽台」 2006年にA街区(1・2号棟)、2010年にB街区(3・4・5号棟)とC街区(6・7号棟)、2015年にD街区(8〜11号棟)が竣工。赤羽台団地は1962年に東京23区内として初めての大規模団地として造成された…

弾道検査管(爆速測定管) 板橋区加賀

加賀公園の隣の野口研究所は、戦時中は火薬研究所として東京第二陸軍造兵廠(二造)などで造られた弾薬の性能実験が行われた。弾道検査管は、十数メートルの円筒で、弾薬を実射して性能を検査するための施設。1940年に陸軍兵器廠板橋火薬製造所が東京第二陸軍…

陸軍稲付射場跡 北区西が丘

1905年(明治38年)に、梅木小学校付近一帯に東京砲兵工廠(のちの造兵廠)の射場が設けられ、火薬の爆破実験、銃砲の実射実験が行われた。かつて、射撃場を囲んでいた外壁の一部が残っている。 環七から裏路地に降りる歩道橋 陸軍稲付射場跡の外壁 裏から 梅木…

陸軍兵器補給廠跡 北区西が丘

公務員宿舎西が丘住宅の広場の赤煉瓦は、かつて、陸軍兵器補給廠の建物で使用されていたものを再利用している。 「上敷免製」の刻印。日本煉瓦製造。 北区平和マップ にほんブログ村

十条富士見中学校 北区十条台

十条富士見中学校とJR埼京線の境界に東京砲兵工廠銃包製作所(東京第一陸軍造兵廠十条工場)の西側の敷地境界の煉瓦塀が残る。刻印を見つけることはできなかったが、金町煉瓦製造所の煉瓦が使われている。 十条駅開業70周年記念碑 北区平和マップ にほんブログ…

十条駐屯地 北区十条台

自衛隊の十条駐屯地の正門は、取り壊した東京砲兵工廠銃包製作所(東京第一陸軍造兵廠十条工場)に使われた煉瓦造建造物の煉瓦が再利用されている。 一重桜の刻印。小菅集治監製煉瓦。 丸に算木の刻印。製造所不詳。 丸にTの字の刻印。東京煉瓦? 右書きで「上…

東京第二陸軍造兵廠王子工場の標石 北区王子

東京国税局王子税務署の西の通りに東京第二陸軍造兵廠王子工場(板橋火薬製造所王子工場)の標石(境界石)が残る。 「陸軍」の文字が刻まれている。よく見たら、隣の段差スロープにローマ字でことわざが書かれている。 塀に沿って鍰煉瓦(からみれんが)が並ぶ こ…

豊島ドッグ跡(豊島公園) 北区王子、豊島

北区の豊島公園は、北区立明桜中学校(旧豊島中学校)の南から石神井川まで、道路に沿って「く」の字に細長く続く。ここには明治から大正時代に陸軍が造った掘割があった。掘割には豊島ドッグと呼ばれる船溜りがあった。明桜中学校を含む王子6丁目には、板橋火…

ちんちん山児童公園 北区岸町

軍事鉄道の跡地を整備した児童公園。かつて、ここにはちんちん山をくぐるトンネルがあった。「ちんちん山」の名は、電車の「ちんちん」という警笛音が由来。 京浜東北線の踏切を渡る ちんちん山児童公園。頭上は都道455号線。 軍用貨物線跨線橋跡 この先に東…

四本木稲荷神社 北区滝野川

古墳巡りを始めたばかりの頃に、四本木稲荷神社を訪れ、神社の来歴と古墳との関わりについてブログ記事を書いた。今回は、煉瓦と軍都の跡を追いかけて、滝野川雷汞所(東京第一陸軍造兵廠滝野川工場)の構内社の四本木稲荷神社を再訪した。 十条台の稲荷神社か…

滝野川雷汞所の陸軍標石 北区滝野川

滝野川雷汞所(らいこうじょ)は東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の別名。雷汞(らいこう)は爆弾の起爆薬で、水銀を硝酸で溶解しエチルアルコールを加えて反応させたもの。雷汞を詰めたのが雷管。 滝野川病院脇に滝野川雷汞所の東端を示すと思われる標石(境界石)が…

北区立中央図書館 北区十条台

陸上自衛隊十条駐屯地の東に隣接する北区立中央図書館は、1919年(大正8年)に東京砲兵工廠銃包製作所(1940年に東京第一陸軍造兵廠十条工場に改組)の弾丸鉛身場として建設された煉瓦造平屋の建物(275号棟、通称は赤レンガ倉庫)を、2008年(平成20年)にガラスを…

都営王子本町アパートの陸軍標石 北区王子本町

老朽化した都営王子本町アパートの建て替え工事が進んでいる。場所は北区立中央公園の東側で北区立中央図書館の南側。既に建て替えが完了している1号棟と2号棟の南の擁壁の裾に、旧陸軍の標石(境界石)が残る。東京第一陸軍造兵廠十条工場の南端か? 2号棟の…

憲兵の詰所(?) 北区滝野川

北区の豊島五丁目団地にかつて、国鉄の東北本線貨物支線(通称:須賀線)の貨物駅の須賀駅があった。終戦まで、須賀駅から延びた軍用貨物線は、東京第一陸軍造兵廠十条工場内に入り、そこから南の東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の方に続いていた。この終点付近に…

中央公園文化センター 北区十条台

北区の生涯学習の場として利用されている北区立中央公園文化センターは、1930年(昭和5年)に東京砲兵工廠銃包製造所(1940年に東京第一陸軍造兵廠十条工場に改組)の本部事務所として建てられた。終戦後は占領軍に接収され、外壁は白く塗装され、米軍の保安司令…

信濃町煉瓦館 新宿区信濃町

信濃町駅前の慶應義塾大学病院の手前に信濃町煉瓦館がある。 小口にハングル文字の刻印が見つかる。建設途中で放置されていた韓国の煉瓦を活用したらしい。 このビルは慶應義塾大学医学部食養研究所の跡地に建てられた慶應病院と第一生命の共同ビル。 信濃町…

JR総武線「旧御所トンネル」 新宿区四谷

明治時代に建設された煉瓦造のトンネルが都内に残っていると知り訪ねた。そのトンネルはJR四ッ谷駅とJR信濃町駅の間にある。この区間は中央線快速と中央・総武線(各停)の上り下りの4本の線路(複々線)が走っている。このうちの中央・総武線(各停)の下り線が、…