週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

東京都 田園調布古墳群

西岡第47号古墳(修道院構内古墳) 大田区田園調布

西岡第47号古墳(修道院構内古墳)の跡地を訪れた。カトリック田園調布教会(聖フランシスコ修道院)の駐車場のあたりに所在したと思われる。ルルド中庭のマリア像の置かれたマウントが古墳を改造したものとの情報が流布されているがガセっぽい。 ルルド中庭 文…

八幡神社境内古墳 大田区田園調布

田園調布八幡神社の社殿裏、大田区の遺跡番号159「八幡神社境内古墳」のあたり。東京都遺跡地図情報インターネット提供サービスでは、種別「古墳」、主な遺構/概要「[古墳時代]横穴式石室」 暑さでやられて写真を1枚だけ撮影して退散。 古墳なう 「八幡神社…

宝萊山古墳 (再訪) 大田区田園調布

宝萊山古墳を再訪、都内に残る数少ない大型の前方後円墳。 西側(多摩川側)から宝萊山古墳の後円部 西側(多摩川側)から宝萊山古墳の前方部 西側(多摩川側)から宝萊山古墳をパノラマで 東京都指定史跡 宝萊山古墳(ほうらいさんこふん) 宝萊山古墳は、多摩川下…

多摩川台古墳群 (再訪) 大田区田園調布

多摩川台古墳群も再訪したが、緑が生い茂り、墳丘はよくわからない。 東京都指定史跡 多摩川台古墳群 所在地 大田区田園調布一丁目六十三番 同四丁目三番 指定 平成十二年三月六日 多摩川台古墳は、八基からなる古墳時代後期の古墳群である。古墳群の南側に…

浅間神社北古墳 大田区田園調布

東京都遺跡地図情報インターネット提供サービスで、大田区の遺跡番号155番「浅間神社北古墳」と記された多摩川台公園のあじさい園の南端のあたり。南東方向に東急東横線(1926年開業、2000年複々線化)・東急目黒線(複々線のうちの2線)の線路を挟んで浅間神社…

亀甲山古墳 (再訪) 大田区田園調布

夏の日差しと、生い茂る緑で、古墳巡りのオフシーズンに突入した7月の初めに荏原台古墳群の田園調布古墳群を再訪した。東急(東横線・目黒線・東急多摩川線)の多摩川駅 多摩川台公園 アジサイ園 セーラム市 大田区 姉妹都市提携30周年記念 セーラム市 大田区 …

西岡50号墳 大田区田園調布本町

西岡50号墳は東急多摩川線多摩川駅から南に徒歩12分にある帆立貝式古墳。全長28.4m。 北西から。 文献 [1] 近藤義郎 1994『前方後円墳集成 東北・関東編』山川出版社 にほんブログ村

宝萊山古墳 大田区田園調布

宝萊山(ほうらいさん)古墳は、多摩川台公園の西北端にある。前方後円墳。全長約97m。4世紀の築造でこの地域で最古の古墳。都指定の史跡。 詳細情報 : 東京都文化財情報データベース 文献 [1] 大田区立郷土博物館 1992『大田区 古墳ガイドブック』 [2] 近藤義…

多摩川台古墳群 大田区田園調布

古墳時代後期の6世紀から7世紀に亀甲山古墳と宝来山古墳との間の多摩川台に造られた8基の古墳群。都指定の史跡。 6世紀前半に2号墳が築造され、6世紀後半に2号墳を前方部として1号墳を後円部とする前方後円墳(全長39m)が築造された。その後、3号墳から8号墳…

亀甲山古墳 大田区田園調布

亀甲山(かめのこやま)古墳は多摩川流域最大の前方後円墳。4世紀後半の築造と推定。全長は107m、後円部の直径は66m。国指定の史跡。 調布浄水場跡地の沈殿池跡からの後円部の眺め 詳細情報 : 東京都文化財情報データベース 文献 [1] 大田区立郷土博物館 1992…

浅間神社古墳 大田区田園調布

全長60mの前方後円墳。後円部の上に多摩川浅間神社の社殿がある。多摩川浅間神社は鎌倉時代の文治年間(1185〜1190年)の創建と伝わる。 東急東横線の向うに多摩川台公園の古墳群が見える。 多摩川の対岸は川崎 前方部は東急東横線で失われている。 大田区ホー…

扇塚古墳跡 大田区田園調布

田園調布1丁目の富士見坂のマンション建設で1996年に失われた古墳。2001年に「扇塚古墳発掘調査報告書」が発行された。4世紀初期の都内最古の古墳とも言われている。 富士見坂の上からは多摩川浅間神社が見える。 古墳なう 「扇塚古墳」 文献 [1] 大田区立郷…

鵜木大塚古墳 大田区雪谷大塚町

荏原台(えばらだい)古墳群のうち、最も東側にある古墳で、旧鵜の木(うのき)村の飛び地にあったので、「鵜の木大塚古墳」と名付けられた。高さは約6m、直径は約27mの円墳。古墳の南側の一部が稲荷神社になっている。 文献[1]では ニ 鵜ノ木大塚 大森區調布大…