週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

神社

No.156古墳 行田市若小玉

鎧塚古墳から長野落を横目に見ながら若小玉 諏訪神社を目指す。文献[1]では、No.156古墳として、「陸軍迅速図に図示」、立地は「台地・神社敷地」で円墳、規模不明。 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 にほんブログ村

諏訪山古墳 行田市佐間

「神社敷地にわずかな高まり」と文献[1]に記される諏訪山古墳。円墳。規模不明。なぜか、行田市教育委員会が立てた諏訪山遺跡・佐間古墳群の説明板の地図にはマークされていない。 日光裏街道の一里塚(県指定史跡) 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古…

白山古墳 (再訪) 行田市長野

白山古墳は、埼玉古墳群の一番北側に位置する直径約50m、高さ5.7mの円墳。墳丘に白山姫神社が祀られている。前回、初めて訪れた時に、横穴式石室の奥壁と思われる石材の写真を取り損ねたと思っていたが、今回、石材を確認してから、前回のブログ記事を見たら…

浅間塚古墳 (再訪) 行田市埼玉

浅間塚古墳の墳丘上に祀られている前玉神社を再訪。 武蔵国・前玉神社(さきたまじんじゃ) にほんブログ村

あさの一枚 神社

朝日を浴びる尾久八幡神社 維新の真骨頂 5億円以上の税金を使い、発見できた陽性者はわずか27名(!)。世田谷区長の思いつきPCR検査拡充がいかに刹那的で無惨だったか維新・ひえしま区議(行革110番会派)の質疑で明らかに。環境整備もないむやみな検査拡充…

東灌森稲荷神社 北区東田端

北区立滝野川第四小学校の脇に鎮座する東灌森稲荷神社。更地になっていた。建て替え工事とのこと。 仮殿が祀られた テントの覆屋 東田端公園に保存されている車輪 デルタ株の猛威が止まらない。検査飽和、統計崩壊。 知らぬ間にインドを追い抜いたのも驚きだ…

水神様 荒川区東尾久

荒川区立尾久八幡中学校と隅田川のスーパー堤防の間に柵で囲われた水神様。 デルタ株の猛威が止まらない。【速報】東京の新型コロナ感染感染者 223221(+2195) 退院 195497(+1538) 入院 3231(+65) 軽中症 3117(+52) 重症 114(+13) 調整 8270(-581) 宿泊 1769(…

面野井6号墳 つくば市面野井

複合ショッピングセンター「山新グランステージつくば」 の駐車場の一画に金網フェンスで囲われた天満宮がある。ブログ「研究学園の生活」の記事「謎の天満宮は古墳だった!」で面野井(おものい)古墳群の6号墳(方墳)と知り訪れた。フェンスの中の天満宮の鳥…

宮城氷川神社 (再訪) 足立区宮城

下川煉瓦の煉瓦塀の消滅を確認した足で宮城氷川神社を再訪。石碑をよく見ると下川さんと阿出川さんの名前がそこここに刻まれている。 平成元年4月建立の宮城氷川神社の碑。 浅間神社の鳥居 狛犬新設奉賛者芳名の碑 (右)浅間神社と(左)三峯神社 阿出川信孝氏…

千住神社 足立区千住宮元町

八幡太郎源義家が 奥州征伐の際に千住二森に陣営を構え、戦勝を祈願したと伝わる千住神社。 不屈のイチョウ 御神木 神橋渡り 千住富士 松尾芭蕉の句碑「ものいへば唇さむし秋の風」 西森神社之碑 防空壕 http://senjujinja.kachoufuugetu.net/ にほんブログ村

若宮八幡神社 北区豊島

以前、北区の鍰煉瓦巡りで訪れた若宮八幡神社は豊島清光ゆかりの社と聞いて再訪した。 前回の写真も再掲。 若宮八幡神社 | 歩きたくなる街東京都北区 鍰煉瓦についてはこちらのブログ記事を参照してね。 豊島清光については にほんブログ村

神田明神 (再訪) 千代田区外神田

新年度の初日の出社前に神田明神を参拝。随神門の前で神馬のポニーのあかりちゃんがお出迎えしてくれた。 千代田区町名由来板 神田同朋町 千代田区町名由来板 宮本町・神田神社 にほんブログ村

港区No.33遺跡と西久保八幡貝塚 (再訪) 港区麻布台

2年目に訪れた時に再開発が決まっていた港区No.33遺跡と西久保八幡貝塚を再訪した。 港区No.33遺跡の跡地 ロシア連邦大使館 カザフスタン共和国大使館 3年坂は手前で通せん坊 西久保八幡神社は再開発の域外だったが、こちらは建替工事中だった。 昨日の西久…

将軍梅 港区愛宕 愛宕神社

曲垣平九郎が手折り三代将軍家光に献上された梅と伝わる将軍梅。 江戸城無血開城会談の地 にほんブログ村

出世の階段 港区愛宕 愛宕神社

東京都23区内の最高峰の愛宕山(標高26m)の山頂に鎮座する愛宕神社。1603年(慶長8年)、徳川家康公の命により防火の神様として祀られた。「出世の石段」は講談で有名な「寛永三馬術」の中の曲垣平九郎の故事にちなむ。詳しくは「愛宕神社トリビア | 愛宕神社」…

長柏園跡 港区芝公園

長柏園(ちょうはくえん)は近代造園界の先駆者の長岡安平翁の邸。芝公園の18号地に長柏園跡の碑が立つ。 東京タワーパーキング(地下駐車場)の排気塔? 飯倉熊野神社の末社の恵比寿太田稲荷社は太田道灌ゆかりの社 にほんブログ村

芝東照宮 港区芝公園

梅の花に誘われて芝東照宮をお参り。 家光公お手植公孫樹(イチョウ) 煉瓦造の焼却場 芝東照宮ホームページ にほんブログ村

舟塚山4号墳 石岡市高浜

2017年に舟塚山古墳を訪れた折に、府中愛宕山古墳からJR常磐線の踏切を渡ってから物見塚古墳に行く途中でV字に折り返す登り道をショートカットするために藤森稲荷神社にお詣りして境内を横切らせていただいた。 物見塚古墳の後で、Googleマップで石岡市立高…

宮城氏居館之趾 足立区宮城

足立区宮城の荒川土手すぐ近くに鎮座する氷川神社に「宮城氏居館之趾」の碑がある。宮城の地名は中世の宮城氏に由来する。宮城氏は豊島氏の庶流。始祖は葛西清重の子朝清とも清重の4代後の豊島重信の子八郎重中とも伝わるが定かでない。宮城の氷川神社は、19…

船方神社 (再訪) 北区堀船

あらかわ遊園の西隣の船方神社を再訪。 十二天塚 明治三十七八年役(日露戦争)凱旋記念の碑。「丗」は30の漢数字。 水神社 煉瓦造の神輿蔵 鍰煉瓦を発見 荒川区西尾久の小台橋付近でも鍰煉瓦を発見。 鍰煉瓦についてはこちらのブログ記事を参照してね。 にほ…

茅の輪くぐり

「茅の輪(ちのわ)くぐり」は、6月30日頃に行われる「大祓(おおはらえ・おおはらい)」「夏越の祓(なごしのはらえ・なごしのはらい)」に行われる神事で、茅(かや)で作った大きな輪をくぐることによって心身を清め、無病息災や厄除け、家内安全を願う。 江北氷…

沼田八幡塚古墳 つくば市沼田

かつては筑波山の登山口の駅だった筑波鉄道筑波駅跡から西南西に160mに沼田八幡塚古墳はある。桜川流域で最大規模の前方後円墳。前方部は遺存状況が悪く推定復元されている。後円部墳頂に八幡社を祀る。全長約90m。文献[2]の「沼田古墳群、番号141、前方後円…

里塚古墳 さいたま市西区宮前町

さいたま市の真福寺貝塚の発掘調査現地説明会の前に、Google Mapsに地点登録されている里塚古墳に立ち寄った。さいたま市地図情報では遺跡番号「12-365」遺跡名「里塚古墳(C-18)」種別「古墳」として登録されている。さいたま市の古墳を網羅的に紹介する文献…

田土部明神古墳 土浦市田土部

田土部稲荷古墳の南東250mの香取神社の本殿裏にある田土部明神古墳。円墳。土浦市の遺跡番号N111(旧新治村域)。 山ノ神 針供養 庚申塚 にほんブログ村

東金野井貝塚 野田市東金野井

東金野井貝塚は江戸川と五駄沼に挟まれた南北に伸びる台地の西端にある馬蹄形貝塚。130m×110mほどの弧状になる二つの大きな貝塚と、二か所の斜面貝塚で構成。貝塚の主体は、縄文時代中期から晩期。 東金野井貝塚|野田市ホームページ 東金野井貝塚出土遺物 -…

八幡神社裏古墳 野田市新田戸

誉田別尊を祀り元応2年(1320年)の創建と伝わる八幡神社の裏に所在する八幡神社裏古墳。円墳。径17m。詳細不明。 文献 [1] 千葉県教育委員会 1990年「千葉県所在古墳詳細分布調査報告書」 にほんブログ村

将軍塚古墳 高崎市元島名町

元島名町の将軍塚古墳は、全長95mの前方後方墳で、4世紀前半の築造。前方部墳頂に彦狭島王(ひこさしまおう)を祀る島名神社が鎮座する。彦狭島王は豊城入彦命(崇神天皇皇子)の孫で、御諸別王(みもろわけのおう)の父。豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)は上…

長良神社 太田市飯塚町

太田市立九合小学校の道路を挟んで南隣の長良(ながら)神社の鳥居脇に、東京国立博物館蔵の国宝の埴輪「挂甲の武人」のレプリカが立つ。文献[1]によるとマツバラ(旧群馬県新田郡九合村大字飯塚字松原)の長良神社の境内に小高い塚があった、松原の長良神社は明…

駒込天祖神社 文京区本駒込

源頼朝が奥州藤原泰衡追討に際して1189年(文治5年)に神明を祀り創建したと伝えられる駒込天祖神社。 駒込富士塚に鎮座する駒込富士神社は駒込天祖神社の兼務社。 駒込天祖神社公式サイト | 駒込天祖神社公式サイト にほんブログ村

舎人氷川神社 足立区舎人

鎌倉時代の1200年(正治2年)に大宮の氷川神社を勧請して創建したと伝わる舎人氷川神社。現在の社殿は1836年(天保7年)の建築で総けやき造り。「舎人(とねり)」とは、飛鳥時代から奈良時代に存在した名代(なしろ)の一つで、皇族や貴族に仕え、警備や雑用などに…