週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

神社

湯島天神 文京区湯島

学問の神様とされる菅原道真公を祀る湯島天神(天満宮)。 受験のたびにお世話になったが、宝物館の隣の煉瓦塀は知らなかった。 女坂の側にも残っていた。 瓦斯灯(ガス灯) 講談高座発祥の地 男坂 奇縁氷人柱 水平式日時計 梅の季節も賑わう 湯島天神公式サイト…

北区のデザインマンホール蓋

今年2月に設置された踏むと幸せになれる赤羽のハッピーラッキーマンホールだよぉ❤️©︎清野とおる せっかくなので、固くて履くのがなかなか面倒な「レッドウィングの赤ブーツ」を履いて、「赤マンホール」を踏んづけてきました僕が踏む直前に、見知らぬアベッ…

島氷川神社 足立区鹿浜

足立区鹿浜の島氷川神社にある煉瓦造の祠。 保存樹木 足立区指定第362号 いちょう 保存樹木 足立区指定第363号 むくのき 保存樹木 足立区指定第364号 すだじい 文献 [1] 足立区立郷土博物館 1992「炎のなかから生まれた近代 文明開化とあだちの煉瓦」 [2] 佐…

王子神社 北区王子本町

王子の地名の由来になった王子神社。旧称は王子権現。東京十社巡りの1社。社殿の右脇から音無親水公園に降りる参道に鍰煉瓦(からみれんが)が埋め込まれている。 参道に埋め込まれた鍰煉瓦 王子神社のイチョウ 石神井川(音無川)の旧流路に架かる音無橋(1930年…

大塚古墳 あきる野市雨間

あきる野市役所のトイメンの大塚公園の南にある大塚古墳。1982年(昭和57年)の測量調査で一辺約33mの方墳の可能性があるとされた。1993年(平成5年)の発掘調査では塚の可能性を示唆する結果だった。地下レーダー探査では墳頂下に埋納物の存在を示唆する結果で…

北小宮古墳 あきる野市草花

あきる野市の遺跡番号50番の北小宮古墳。東隣に小宮神社。文献[1]には「墳丘は残存。南側の裾が宅地によって削られている。径約15x20m、高さ約1m。墳丘上には15〜16cm大の河原石が散在している。墳頂付近に祠が祀られている。」と記載されている。 小宮神社 …

飯野陣屋と三条塚古墳 富津市下飯野

飯野陣屋は江戸時代飯野藩の藩主保科家とその家臣たちの屋敷。慶安元年(1648年)から廃藩置県の明治4年(1871年)まで存続した。日本三陣屋の一つ。 内裏塚古墳群の三条塚古墳は、飯野陣屋内に位置する6世紀末葉の前方後円墳。全長122m。周溝長193mの二重周溝が…

松塚古墳群 つくば市松塚

武者塚古墳や坂田塙台古墳群のある桜川左岸の対岸(右岸)の自然堤防上に位置する松塚古墳群。 松塚1号墳。前方後円墳。全長69m。くびれ部に食い込む形で鹿島神社を祀る。 西から、左が後円部、右が前方部。 前方部 後円部 北から、後円部。 南東から、左手前…

「縄文時代のたべもの事情」埼玉県立歴史と民俗の博物館

埼玉県立歴史と民俗の博物館の企画展「縄文時代のたべもの事情」の評判が良いと聞いたので見てきた。写真撮影禁止で図録なし。海なし県でダ埼玉と揶揄される埼玉県は縄文時代には海があり貝塚がある。遺跡からの出土品で縄文時代のたべもの事情や、動植物を…

常名天神山古墳 土浦市常名

常名(ひたな)天神山古墳は桜川左岸の台地の端に築造された前方後円墳。現在は全長約70m、復元長は約90m。低平な前方部から古墳時代前期(5世紀初め頃)の築造と推定。後円部には常名神社を祀る。土浦市指定史跡。 前方部に石造宝篋印塔(安土桃山時代、市指定文…

吉瀬東古墳群 (再訪) つくば市吉瀬

前回、訪問時に2号墳を確認しなかったので吉瀬東古墳群がある鹿嶋神社を再訪した。 北西から、県道24号線(土浦学園線)の右側の森の中にある。左側の森には鹿島様古墳がある。 鹿嶋神社 鹿嶋神社の左に天満天神宮がある。古墳はここではない。 その脇に石仏も…

蛇喰古墳 牛久市神谷

昨年11月17日に、土浦市の武者塚古墳の石室見学前に立ち寄った。蛇喰古墳(じゃばみこふん)は牛久市最大規模の前方後円墳。全長45m。古墳時代後期の築造。後円部の墳頂に稲荷神社が祀られている。 後円部の裏の神谷地区公会堂では地元の方々がイベントの仕込…

熊野古墳 かすみがうら市市川

石岡市南部を流れる恋瀬川に架かる国道6 号の恋瀬橋の右岸にある恋瀬橋ロードパークから徒歩7分の国道脇に熊野古墳がある。熊野古墳は5世紀前半の古式の前方後円墳。全長63m。後円部に熊野権現を祀る。 ホテルのスロープの脇に熊野古墳の道案内の看板が目立…

愛宕神社古墳 石岡市貝地

常陸国府跡から南東に1.2kmの位置にある愛宕神社古墳。円墳。一部削平。墳丘に愛宕神社を祀る。また、平景清を祀る景清塚とも伝わる。 「平景清公之霊地」の碑 「平景清」について調べてみた。平安時代末期から鎌倉時代初期の武士で、本名は藤原景清(ふじわ…

丸山古墳 石岡市柿岡

第十代崇神天皇の第一皇子の豊城入彦命の奥津城との伝承がある丸山古墳。前方後方墳。全長55m。1952年(昭和27年)に明治大学後藤守一教授の指導で発掘調査され、後方部の墳頂下約2mの地点から粘土槨が見つかった。4世紀後半ごろの築造。 左が後方部、右が前方…

常陸國總社宮 石岡市総社

常陸國總社宮は常陸国の総社。 いきなり煉瓦、これは灯籠? 随神門(ずいしんもん) 祝オリンピック 日本武尊(やまとたけるのみこと)腰掛石 手塚治虫と常陸国総社宮|常陸国総社宮 御神木(楠) 土俵 常陸国総社宮 にほんブログ村

雷電山古墳 東松山市大谷

北部比企丘陵の尾根上、標高90mに立地する雷電山古墳(らいでんやまこふん)。三千塚古墳の主墳。帆立貝形古墳。全長80m。三段築成。三段目が盛土で、一・ニ段目は地山を削り出して造られている。5世紀初頭の築造。後円部に大雷神社を祀る。周囲は川越カントリ…

円正寺古墳群 滑川町土塩

滑川町の森林公園滑川乗馬学校の南西の人通りのない林道を進むと祠の鳥居脇に滑川町教育委員会による「円正寺古墳群」の説明板が立つ。 祠の裏が盛り上がっている 怪しい石がある。これが「石室に使用されたと思われる凝灰岩」か? 祠の前から鳥居を振り返る…

天神山2号墳 嵐山町勝田

墳活初めの3基目は嵐山町の天神山古墳群の天神山2号墳。花見台第一公園の調整池の北にある淡洲神社の裏山を登ったところにある。 淡洲神社 「イノシシ注意」の道 左が天神山1号墳、右が天神山2号墳。 天神山2号墳。円墳。径15m。凝灰岩の切石を使用した胴張…

若宮八幡古墳 東松山市石橋

今年の墳活初めは、東松山市の若宮八幡古墳。下唐子古墳群の塚原支群の主墳。円墳。径34m。6世紀後半の築造。胴張型の複式構造の横穴式石室を持つ。砂質凝灰岩で「切石切組積工法」を採用。墳頂に八幡神社を祀る。 2018年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆…

武蔵府中熊野神社古墳(再訪) 府中市西府町

明けましておめでとうございます。新年最初のブログ記事は、昨年末に墳活納めで訪れた武蔵府中熊野神社古墳。上円下方墳。2回目の訪問。前回との変化点は西側が公園になっていた。展示館は年末年始のお休み中だった。 国史跡武蔵府中熊野神社古墳 東京都府中…

富士山古墳 大洗町大貫町

大貫小学校跡の南の浅間神社の社殿の奥にある円墳。 趣味の案件 大洗町富士山古墳 下宿古墳 にほんブログ村

公津原39号墳 成田市船形

成田ニュータウンの西端の成田市船形の麻賀多神社(まかたじんじゃ)の東側に印波国造(いんばのくにのみやつこ)の伊都許利命(いつこりのみこと)の墳墓と伝わる方墳がある。全長36m、高さ5m。公津原39号墳。 蓋石の隙間にスマホのレンズを向けて撮った写真。ピ…

公津原21号墳(天王塚古墳) 成田市吾妻

公津原古墳群の中央の天王・船塚古墳群の公津原21号墳(天王塚古墳)。前方後円墳。全長63m。墳丘上に八坂神社と浅間神社を祀る。 天王塚古墳の東隣にある吾妻神社の本殿の土台を吾妻塚古墳と紹介されることもあるそうだが公式には古墳と認められていないとの…

お富士山古墳 伊勢崎市安堀町

赤堀歴史民俗資料館でお富士山古墳の石棺のレプリカを見た後でお富士山古墳を訪れた。5世紀はじめに築造された市内最大の前方後円墳。全長125m。前方部の一部がJR上毛線で切断されている。後円部に富士神社を祀る。 北の方向に赤城山 お富士山古墳/伊勢崎市…

築土神社 千代田区九段北

暁星学園の煉瓦塀を見に行く途中で築土神社(つくどじんじゃ)があったのでお詣りした。築土神社は将門の首が安置されたと伝えられ将門信仰の中心的神社。 写真の文字が読めないので文字を起すと「天慶3年(940)、関東平定の末、藤原秀郷らの手で討たれ京都で晒…

御殿山下台場砲台跡 品川区東品川

御殿山下台場砲台の跡地に建つ品川区立台場小学校の脇に、台場跡から見つかった石垣を使った記念碑が建つ。台場小学校の名は台場砲台に因む。 正和稲荷神社 山手通り近くの駐車場の境に煉瓦塀 にほんブログ村

堀之内氷川神社 足立区堀之内

堀之内氷川神社に煉瓦造の祠がある。堀之内氷川神社の創建は不詳だが、堀之内村が宮城村から分村した江戸時代に村の鎮守社として創建したものと推定されている。 本殿基礎も煉瓦 神社裏の工場をよく見たら、正面の壁や柱は煉瓦造だった。 足立区の保存樹木の…

四本木稲荷神社 北区滝野川

古墳巡りを始めたばかりの頃に、四本木稲荷神社を訪れ、神社の来歴と古墳との関わりについてブログ記事を書いた。今回は、煉瓦と軍都の跡を追いかけて、滝野川雷汞所(東京第一陸軍造兵廠滝野川工場)の構内社の四本木稲荷神社を再訪した。 十条台の稲荷神社か…

海徳寺の煉瓦塀 品川区南品川

目黒川に隣接する海徳寺の塀の一部に煉瓦塀が残る。 軍鑑千歳殉難者之碑。1906年(明治39年)、品川沖に停泊していた軍艦 千歳に渡る伝馬船が突風を受けて転覆。乗組員ら83人が死亡。海徳寺に弔われた。 王さんが巨人軍の選手のときに、ホームラン記録達成ごと…