週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

神社

丸山古墳 石岡市柿岡

第十代崇神天皇の第一皇子の豊城入彦命の奥津城との伝承がある丸山古墳。前方後方墳。全長55m。1952年(昭和27年)に明治大学後藤守一教授の指導で発掘調査され、後方部の墳頂下約2mの地点から粘土槨が見つかった。4世紀後半ごろの築造。 左が後方部、右が前方…

常陸國總社宮 石岡市総社

常陸國總社宮は常陸国の総社。 いきなり煉瓦、これは灯籠? 随神門(ずいしんもん) 祝オリンピック 日本武尊(やまとたけるのみこと)腰掛石 手塚治虫と常陸国総社宮|常陸国総社宮 御神木(楠) 土俵 常陸国総社宮 にほんブログ村

雷電山古墳 東松山市大谷

北部比企丘陵の尾根上、標高90mに立地する雷電山古墳(らいでんやまこふん)。三千塚古墳の主墳。帆立貝形古墳。全長80m。三段築成。三段目が盛土で、一・ニ段目は地山を削り出して造られている。5世紀初頭の築造。後円部に大雷神社を祀る。周囲は川越カントリ…

円正寺古墳群 滑川町土塩

滑川町の森林公園滑川乗馬学校の南西の人通りのない林道を進むと祠の鳥居脇に滑川町教育委員会による「円正寺古墳群」の説明板が立つ。 祠の裏が盛り上がっている 怪しい石がある。これが「石室に使用されたと思われる凝灰岩」か? 祠の前から鳥居を振り返る…

天神山2号墳 嵐山町勝田

墳活初めの3基目は嵐山町の天神山古墳群の天神山2号墳。花見台第一公園の調整池の北にある淡洲神社の裏山を登ったところにある。 淡洲神社 「イノシシ注意」の道 左が天神山1号墳、右が天神山2号墳。 天神山2号墳。円墳。径15m。凝灰岩の切石を使用した胴張…

若宮八幡古墳 東松山市石橋

今年の墳活初めは、東松山市の若宮八幡古墳。下唐子古墳群の塚原支群の主墳。円墳。径34m。6世紀後半の築造。胴張型の複式構造の横穴式石室を持つ。砂質凝灰岩で「切石切組積工法」を採用。墳頂に八幡神社を祀る。 2018年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆…

武蔵府中熊野神社古墳(再訪) 府中市西府町

明けましておめでとうございます。新年最初のブログ記事は、昨年末に墳活納めで訪れた武蔵府中熊野神社古墳。上円下方墳。2回目の訪問。前回との変化点は西側が公園になっていた。展示館は年末年始のお休み中だった。 国史跡武蔵府中熊野神社古墳 東京都府中…

富士山古墳 大洗町大貫町

大貫小学校跡の南の浅間神社の社殿の奥にある円墳。 趣味の案件 大洗町富士山古墳 下宿古墳 にほんブログ村

公津原39号墳 成田市船形

成田ニュータウンの西端の成田市船形の麻賀多神社(まかたじんじゃ)の東側に印波国造(いんばのくにのみやつこ)の伊都許利命(いつこりのみこと)の墳墓と伝わる方墳がある。全長36m、高さ5m。公津原39号墳。 蓋石の隙間にスマホのレンズを向けて撮った写真。ピ…

公津原21号墳(天王塚古墳) 成田市吾妻

公津原古墳群の中央の天王・船塚古墳群の公津原21号墳(天王塚古墳)。前方後円墳。全長63m。墳丘上に八坂神社と浅間神社を祀る。 天王塚古墳の東隣にある吾妻神社の本殿の土台を吾妻塚古墳と紹介されることもあるそうだが公式には古墳と認められていないとの…

お富士山古墳 伊勢崎市安堀町

赤堀歴史民俗資料館でお富士山古墳の石棺のレプリカを見た後でお富士山古墳を訪れた。5世紀はじめに築造された市内最大の前方後円墳。全長125m。前方部の一部がJR上毛線で切断されている。後円部に富士神社を祀る。 北の方向に赤城山 お富士山古墳/伊勢崎市…

築土神社 千代田区九段北

暁星学園の煉瓦塀を見に行く途中で築土神社(つくどじんじゃ)があったのでお詣りした。築土神社は将門の首が安置されたと伝えられ将門信仰の中心的神社。 写真の文字が読めないので文字を起すと「天慶3年(940)、関東平定の末、藤原秀郷らの手で討たれ京都で晒…

御殿山下台場砲台跡 品川区東品川

御殿山下台場砲台の跡地に建つ品川区立台場小学校の脇に、台場跡から見つかった石垣を使った記念碑が建つ。台場小学校の名は台場砲台に因む。 正和稲荷神社 山手通り近くの駐車場の境に煉瓦塀 にほんブログ村

堀之内氷川神社 足立区堀之内

堀之内氷川神社に煉瓦造の祠がある。堀之内氷川神社の創建は不詳だが、堀之内村が宮城村から分村した江戸時代に村の鎮守社として創建したものと推定されている。 本殿基礎も煉瓦 神社裏の工場をよく見たら、正面の壁や柱は煉瓦造だった。 足立区の保存樹木の…

四本木稲荷神社 北区滝野川

古墳巡りを始めたばかりの頃に、四本木稲荷神社を訪れ、神社の来歴と古墳との関わりについてブログ記事を書いた。今回は、煉瓦と軍都の跡を追いかけて、滝野川雷汞所(東京第一陸軍造兵廠滝野川工場)の構内社の四本木稲荷神社を再訪した。 十条台の稲荷神社か…

海徳寺の煉瓦塀 品川区南品川

目黒川に隣接する海徳寺の塀の一部に煉瓦塀が残る。 軍鑑千歳殉難者之碑。1906年(明治39年)、品川沖に停泊していた軍艦 千歳に渡る伝馬船が突風を受けて転覆。乗組員ら83人が死亡。海徳寺に弔われた。 王さんが巨人軍の選手のときに、ホームラン記録達成ごと…

小野稲荷の煉瓦塀 品川区南品川

京急新馬場駅付近に残る煉瓦を巡った。この辺りは、先日、天竜寺の煉瓦塀とか、日本ペイントの明治記念館、官営品川硝子製造所跡などを訪れている。まずは天竜寺の裏の小野稲荷。小野稲荷の奥の小野運輸店と首都高中央環状品川線の南品川換気所の敷地境に煉…

六郷神社と六郷橋 大田区東六郷、仲六郷

六郷水門の帰りは京急の六郷土手駅まで歩いた。 途中で見つけたアンティーク風煉瓦 三和耐火煉瓦? 明知耐火煉瓦? 大阪耐火煉瓦? 昭和耐火? 昭和窯業? 六郷神社 1910年架橋の六郷橋の親柱 旧東海道跡 北野天神 1925年架橋の六郷橋の橋門と親柱 1984年架…

法光寺の煉瓦塀 荒川区西日暮里

都心部にある16ヶ所の富士見坂のうち唯一、富士山を眺望できる坂とされていた荒川区の富士見坂。残念ながら2013年6月にその眺望は失われた。 坂の左側の法光寺の墓域との境が煉瓦塀。手前は新しいが、奥に古い煉瓦塀が残る。イギリス積み。文献[1]によると「…

千住製絨所跡(その1) 荒川区南千住

1972年(昭和47年)まで、プロ野球の(毎日大映・東京・ロッテ)オリオンズの本拠地だった東京スタジアムがあった南千住に、千住製絨所(せんじゅせいじゅうしょ)の煉瓦塀が残る。千住製絨所は、1879年(明治12年)に創業された官営の羊毛工場。それまで輸入に頼っ…

谷根千 煉瓦巡り(20) 根津神社 文京区根津

根津神社の煉瓦塀については昨日のブログ記事で書いたので、それ以外について。 表参道口 近くに根津遊郭の説明板があった 社殿 徳川家宣胞衣塚 胞衣塚碑 千本鳥居 乙女稲荷 庚申塔 塞の大神碑 駒込稲荷神社 表参道口から地下鉄の東大前駅に至る新坂の説明板…

谷根千 煉瓦巡り(19) 根津神社 文京区根津

次は根津神社。東隣の日本医科大学基礎医学大学院棟との境に煉瓦塀が残る。 表参道口 煉瓦塀 左が日医大、右が根津神社。神社側の塀が煉瓦積み。 北口近くの煉瓦塀の終端 石段の脇にも煉瓦が見える もう少し壁が伸びる にほんブログ村

素盞雄神社 山開き(7/1) 荒川区南千住

荒川区の煉瓦巡りで、南千住の素盞雄神社(すさのおじんじゃ)をお詣りしたら富士塚の山開きだった。 瑞光石(ずいこういし) 富士塚 後日、素盞雄神社を再訪 荒川ふるさと文化館 素盞雄神社(すさのお神社)素盞雄大神と飛鳥大神が御祭神/TOP にほんブログ村

下川煉瓦(馬さん煉化工場) 足立区宮城

「馬さん煉化工場跡」の碑が、あらかわ遊園から隅田川を挟んだ対岸にある。碑には「煉化発祥地」とある。 明治時代のはじめに下川馬次郎が宮城村に煉瓦工場(下川煉瓦)を創設。1877年(明治10年)の第一回内国勧業博覧会に煉瓦を出品して褒状(足立区郷土博物館…

船方神社・神輿蔵 北区堀船

あらかわ遊園(荒川遊園)の創設に尽力した広岡幾次郎(広岡勘兵衛)が奉納した煉瓦造の神輿蔵があらかわ遊園の西隣の船方神社に残る。広岡幾次郎は広岡煉瓦工場の経営者だった。 船方神社 1938(昭和13年)に氏子が立てた天下太平の碑。3年後、真珠湾攻撃により太…

愛宕側古墳 川越市大袋

入間川街道脇の愛宕側古墳。墳丘の上に愛宕神社が鎮座する。円墳。 にほんブログ村

寺ノ側古墳 川越市大袋新田

北から、マンションの左の竹林の中にある寺ノ側古墳。円墳。 マンションにより西側は影響を受けているが東側は残っている。赤い祠が祀られている。隣の石碑には琴平神社、愛宕山大神と刻まれている。 にほんブログ村

中原古墳と菅原神社東古墳と永久保2号墳 川越市南大塚

西中原1号墳から南西に約200mにある中原古墳。円墳。かなり立派。 中原古墳から南南西に約100mにある菅原神社東古墳。円墳。墳丘上に菅原神社が鎮座。 菅原神社東古墳から西に約150mの辺りある永久保2号墳。円墳。よくわからない。 にほんブログ村

山王塚古墳 川越市大塚

川越市立博物館の企画展「山王塚古墳 上円下方墳の謎に迫る」を観覧した。平成24年度(2012年)から4次にわたり実施した発掘調査の成果だけでなく、武蔵の終末期古墳や各地の上円下方墳の解説と出土品、7世紀の武蔵国の解説と充実した内容だった。展示図録では…

二所神社古墳 水戸市大足

二所神社古墳。前方後円墳。全長80m。 社殿の裏が後円部 前方部 前方部の墳頂の祠 前方部の墳頂から後円部 にほんブログ村