区指定 文化財・記念物
代官山に来たので、猿楽塚を再訪して、付近を散策。 猿楽塚(北塚) 猿楽神社緣起 古よりこの地に南北に並ぶ二基の円墳があり。北側に位置する大型墳を猿楽塚と呼称している。この名称は、江戸時代の文献「江戸砂子」「江戸名所図会」等にも見られ、我苦を去る…
「東京文化財ウィーク」の企画事業のひとつとして11月3日に開催された柴又八幡神社古墳石室特別公開に参加した。柴又八幡神社古墳は、柴又八幡神社の社殿を中心とした前方後円墳。全長30m。築造時期は6世紀後半。東京低地では唯一の石室を有する前方後円墳。…
11月1日から3日までの3日間、明治学院大学の白金キャンパスで開催された文化祭「白金祭」に合わせて開催された 「東京文化財ウィーク」の企画事業のひとつ歴史的建造物 特別公開に参加した。特別公開されたのは重要文化財の明治学院インブリー館(1889年頃に…
足立区立郷土博物館で開催中の特別展「千住宿400年」を鑑賞した。千住宿開宿400年を迎えた千住の旧家で受け継がれてきた美術品などを展示する。特別展のポスターを飾る「千手観音立像 御前立」は「赤門寺」と呼ばれ親しまれている勝専寺の秘仏・千手観音…
伊興遺跡公園資料館に、2024年1月に足立区登録有形文化財に指定された花畑遺跡出土の朝鮮半島系土器が展示されていた。展示されていたのは、2013年(平成25年)に実施されたマンション建設計画に伴う発掘調査で出土した平底鉢の軟質土器2点と、有蓋高坏の陶質…
越中島支線の煉瓦造の橋台群を散策の続き。 大島架道橋(ガード) 山崎架道橋(ガード) 庚申架道橋(ガード) 江東区登録史跡 庚申道跡 明治通りから横十間川へ向かうこの道は、庚申道と呼ばれていました。明治44年(1911)の東京逓信管理局作成の地図を見ると「字…
砧中学校の校内に保存されている2基の古墳を見学したくて中学校を訪れたが、見学は事前許可どりが必要とのことだったので、校外から見学した。 砧中学校3号墳、文献[1]では「①台地、②学校、③一部遺存、④円墳(径25m)、⑧墳丘の痕跡をわずかに残す。」 砧中学校…
5年前に旧岩崎邸庭園の煉瓦塀のブログ記事で講安寺の寺門と説明板の写真を掲載した。その時は気が付かなかったが、講安寺にも煉瓦塀が残っているとのことで、再訪したところ、講安寺の庫裏・客殿一部解体/修繕・修復工事及び新庫裏新築工事・外構工事中だっ…
池上本門寺を再訪。 日樹聖人の五輪塔 大田区文化財 日樹聖人の五輪塔(にちじゅしょうにんのごりんとう) この塔は本門寺山内最大の五輪石塔で、総高約4メートル、戦災による破損がいちじるしく、造立年記銘は見えないが、上から三段目の火輪斜面に「日樹(花…
南麻布の駐車場の土留めの煉瓦にあの刻印。 東京市電気局の徽章の刻印? 広尾の庚申塔 港区指定有形文化財 歴史資料 広尾の庚申塔 庚申信仰は、庚申の日の夜に体内に住む三尸虫(さんしちゅう)が、眠っている間に体内を抜け出して、天帝にその人の罪科を報告…
福昌寺の阿弥陀石棺仏を6年ぶりに再訪。 阿弥陀石棺仏(あみだせっかんぶつ) 東三丁目10番13号 曹洞宗 渋谷山 福昌寺 区指定有形文化財 平成十九年三月一日 石棺仏とは、古墳時代の石棺を転用して、そこに仏像を彫り込んで路傍に立て庶民が礼拝の対象としたも…
東京拘置所の煉瓦塀を見学した。明治政府は、明治5年(1872年)2月(旧暦)の大火をきっかけに西欧にも劣らない煉瓦街の建設を計画、同年、東京府第11大区1小区小菅村(後の東京府南葛飾郡小菅村、現在の東京都葛飾区小菅)に煉瓦製造所(製煉社あるいは精煉社)が設…
再整備工事が完了して、6月30日、7月1日に大祭「お冨士さん」が催行された十条冨士塚を再訪。 十条冨士塚|東京都北区 十条地区-十条冨士塚 | 東京都都市整備局 ⼗条地区 | 東京都都市整備局 十条冨士講 | 冨士講公式サイト 富士塚古墳 | 発掘トピックス | …
運転免許の更新で鮫洲に来たので帰りに大井公園内古墳を再訪した。 仙台坂トンネルとタブノキ にほんブログ村
谷中の散歩の続き。気がついたら、また谷中霊園。 渋沢栄一家墓所 4年前から大きく変化していた。 にほんブログ村
桜に誘われて、谷中霊園を散歩。 川上音二郎の碑 天王寺五重塔跡 銅造釈迦如来坐像台座跡 鬱金桜(うこんさくら) 几号水準点 天王寺 歴史と文化の散歩道 「8.谷中コース(湯島天神―西日暮里駅/駒込駅、7.3km)」 歴史と文化の散歩道|東京都生活文化スポーツ…
十条冨士塚のその後が気になって再訪した。再整備工事は3月16日までとのこと。 3月21日に東京都立埋蔵文化財調査センターで開催される「遺跡発掘調査発表会2022」で北区十条台遺跡群の十条冨士塚の発掘調査について発表がある。 3/21(火・祝)の遺跡発掘調査…
6月30日、7月1日のニ日間、大祭「お冨士さん」が開催された十条冨士塚のその後が気になって訪れた。なんとも、かつての面影が微塵もない姿になっていた。来年の大祭は再整備(現状変更)した冨士塚で行うそうで、元の冨士塚の面影をどこまで取り戻せるのか。ウ…
3年ぶりに十条冨士神社の大祭「お冨士さん」が開催された。冨士塚は再整備中なので、今年は仮宮での開催となった。猛暑の中、短時間だが、お参りした。 #十条冨士神社 の大祭、通称「#お冨士さん」が明日、明後日の2日間で開催されます昨年度は中止となってし…
西新井大師 總持寺(真言宗豊山派 五智山 遍照院)の三匝堂(さんそうどう)を見学した。三匝堂は栄螺堂(さざえどう)とも呼ばれ、内部が二重螺旋構造になった御堂。一匝に八十八体大師像、二匝に十三佛、三匝に五智如来と二十五菩薩をまつる。外観のみ公開。 門…
今年2月に十条冨士塚を再訪した。十条冨士塚は、昨年9月に埋蔵文化財調査が終了して、3月18日までの予定で冨士塚再整備(現状変更)工事が行われている。 5枚目の写真中央の切株は、塚の頂に生えていたスダジイか? 十条冨士塚|東京都北区 十条地区-十条冨士…
前回から1ヶ月経過したので十条冨士塚を再訪。例年であれば6月30日と7月1日に十条冨士神社伊藤元講が大祭を主催しているが、昨年に引き続き今年も新型コロナ感染拡大の影響で中止。 ここから10cm程度掘り下げる 今日の作業は終了、片付け。 動画も pic.twitt…
前回、訪れたのが2月なのであれから3ヶ月。十条冨士塚を再訪した。ちょうど墳丘の断面が観測できる状態だった。周囲に黒い土をドーナツ状に盛り上げて中に明るい土を層状に固めてある。これは古墳かも?期待できるかも? 今日の調査は終わったようでブルーシ…
宿場町の名残で伝馬屋敷の面影を今に伝える横山家住宅。横山家は自漉紙問屋で屋号は松屋、人や物資の輸送のための馬を負担することで伝馬屋敷が与えられ年貢が免除されていた。 現在も残る外蔵は腰巻の部分が煉瓦造り。 横山家住宅|足立区 吉田家は江戸時代…
工部大学校は、工部省の技術者養成学校で、1873年(明治6年)に工学寮、1877年に工部大学校に改称した。1886年に帝国大学と合併して本郷に移転した。 港区ゆかりの人物データベースサイト 虎ノ門の工部大学校 今日は霞ヶ関へ。画像は工部大学校阯碑です。#学習…
増上寺の総門の芝大門。元もは江戸時代に木造で建設されたが、昭和12年に鉄筋コンクリート造で再建された。 増上寺三解脱門 瓦斯燈 港区ホームページ/みなとアーカイブ 浮世絵でみる今昔07 増上寺 【企画展】「#港区浮世絵さんぽ」展示資料の紹介✨昇斎一景…
増上寺山内の南端に位置する台徳院霊廟は、1632年(寛永9年)に造営された2代将軍徳川秀忠廟所で、芝の徳川家霊廟の中で最も規模が大きく壮麗な建築群を誇っていたが1945年に罹災。惣門、勅額門、御成門、丁字門以外は消失した。惣門は現地に保存され、勅額門…
用事で外出したので、発掘調査中の十条冨士塚を訪れた。地山の掘削作業中。何が出るかな。埋蔵文化財調査は8月末までの予定。 2021年4月上旬の十条冨士塚。発掘が進んでいるようで、塚の形はほとんど無くなっている。新たな発見に期待。#東京都北区 #十条 #…
1936年(昭和11年)に文京区白山から北区堀船に移転してきた東京書籍印刷の工場はダイヤモンドトラストという当時の先進的な工法が使われた。立体トラスト工法の一種で昭和初期に日本で発明された。柱のない広い空間に印刷や製本の機械を効率よく配置できた。…
小台橋保育園の脇の荒川区が整備していた荒川遊園煉瓦塀の見学スポットが出来上がったと聞き再訪した。 楕円に東京市電氣局(東京市電気局)の徽章の刻印? 「O.V.」の刻印? 楕円にO-Oの刻印? 文献 [1] 荒川区教育委員会 2011「煉瓦のある風景 -あらかわの建…