週末は古墳巡り

日本の古墳と煉瓦の共通点(なぜ、古墳めぐりのブログで煉瓦を取り上げるのかの言い訳) 古墳(特に前方後円墳)は3世紀半ばに誕生すると全国に広まるが、6世紀の仏教伝来で終わる。煉瓦は明治維新で始まり、関東大震災で終わる。終わりの美学。終わったのにまだ残っている。誰かが守らなければなくなる。

煉瓦工場跡

下尾久石尊 荒川区東尾久

荒川区の煉瓦巡りの際に、古墳との関連が指摘される場所を訪ねた。旭電化通りの南約140mの区画整理されていない歴史的な路地裏に石神を祀る下尾久石尊(しもおぐせきそん)はある。祀られている石は掘っても掘っても掘り返すことが出来ないといわれる。また、…

下川煉瓦(馬さん煉化工場) 足立区宮城

「馬さん煉化工場跡」の碑が、あらかわ遊園から隅田川を挟んだ対岸にある。碑には「煉化発祥地」とある。 明治時代のはじめに下川馬次郎が宮城村に煉瓦工場(下川煉瓦)を創設。1877年(明治10年)の第一回内国勧業博覧会に煉瓦を出品して褒状(足立区郷土博物館…

田中煉瓦・田中邸 北区堀船

あらかわ遊園の西側の北区堀船にも煉瓦塀が残る。 延命寺裏の駐車場の煉瓦塀 延命寺の塀に残る煉瓦の柱 煉瓦塀の上からモルタルで補強されている。ところどころ煉瓦が現れている。 塀は内側にかなり傾いている 延命寺にある煉瓦積みで囲われた墓。尾久村上尾…

荒川遊園煉瓦塀 荒川区西尾久

東京都で唯一の区営遊園地の「あらかわ遊園」を取り囲むように煉瓦塀が残る。1872年(明治5年)、現在あらかわ遊園がある場所の西部に石神仲衛門が煉瓦工場を設立。1895年(明治28年)、広岡勘兵衛(広岡幾次郎)に経営権が譲渡された(明治33年、36年との説もある)…