週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

弥生時代遺跡

道灌山遺跡 荒川区西日暮里

道灌山遺跡は、開成学園のグラウンドを中心に台地上に広がる縄文時代から江戸時代に至る複合遺跡。道灌山は太田道灌に由来すると思っていたが、地元の善性寺の開基とされる関道閑(せきどうかん)の屋敷跡に由来するとの説もあるそうだ。 東都名所 道灌山虫聞…

陸軍被服倉庫跡と道合遺跡 北区赤羽台

北区赤羽台団地を再開発したUR都市機構の公団住宅「ヌーヴェル赤羽台」 2006年にA街区(1・2号棟)、2010年にB街区(3・4・5号棟)とC街区(6・7号棟)、2015年にD街区(8〜11号棟)が竣工。赤羽台団地は1962年に東京23区内として初めての大規模団地として造成された…

前田耕地遺跡 あきる野市野辺

あきる野市の東部図書館エルの南隣にある前田公園に前田耕地遺跡の一部が保存されている。前田耕地遺跡は、多摩川支流の秋川と平井川に挟まれた段丘上に位置し、1976年(昭和51年)から1984年(昭和59年)まで発掘調査が行われ、縄文時代草創期から古代に至る集…

石神遺跡 あきる野市原小宮

石神公園を含む一帯は石神遺跡として知られ、1994年から土地区画整理事業に伴う発掘調査が行われた。縄文時代の集石土坑(蒸し焼き調理跡)4基、弥生時代終末から古墳時代初頭の住居跡18軒、周溝墓4基、古墳時代後期の住居跡37軒、奈良・平安時代の住居跡24軒…

「縄文時代のたべもの事情」埼玉県立歴史と民俗の博物館

埼玉県立歴史と民俗の博物館の企画展「縄文時代のたべもの事情」の評判が良いと聞いたので見てきた。写真撮影禁止で図録なし。海なし県でダ埼玉と揶揄される埼玉県は縄文時代には海があり貝塚がある。遺跡からの出土品で縄文時代のたべもの事情や、動植物を…

反町遺跡 東松山市あずま町

ショッピングモールのピオニウォーク東松山の東口に反町遺跡の展示コーナーがある。反町遺跡はアピタ反町の建設予定地内にあり、2007年10月から1年かけ発掘調査が行われた。古墳時代初めの住居跡や勾玉を作った玉作工房やガラス玉の鋳型が見つかり、この地域…

久ヶ原遺跡 大田区久が原

昨年、大田区立郷土博物館を訪れたら展示入替ため休館だった。今回、再訪してリベンジを果たした。田園調布古墳群から出土した遺物など見所が多い。 郷土博物館を堪能した後、久ヶ原遺跡のある久が原の台地を目指した。久ヶ原遺跡は、弥生時代後期を中心とし…

三殿台遺跡 横浜市磯子区岡村

三殿台(さんどのだい)遺跡は横浜市磯子区岡村の標高55mの高台にある縄文時代から古墳時代にわたる複合遺跡。1961年に発掘調査が行われ、約270軒の縦穴住居跡が重なり合って見つかった。ちょうど、2名の新人ボランティアさんにベテランボランティアさんが遺跡…

本町田遺跡 町田市本町田

町田市立博物館に隣接する本町田遺跡は1967年から1968年に藤の台団地造成に先立って発掘調査が行なわれ、縄文時代前期の住居跡4軒と弥生時代中期の住居跡7軒が見つかりました。当時はあまり例のない、2つの離れた時代の集落が同じ場所に形成された遺跡だった…

歳勝土遺跡 横浜市都筑区大棚西

歳勝土(さいかちど)遺跡は大塚遺跡に住んだ人々の墓地。大塚遺跡の環濠とその周囲に広がる土塁に近接した一帯から方形周溝墓群が発見された。発見された遺構25基の方形周溝墓を保存し、うち5基を復元して保存している。歳勝土は字名から命名。カブトムシやク…

大塚遺跡 横浜市都筑区大棚西

大塚遺跡は弥生時代中期の環濠集落。港北ニュータウンの開発に伴う事前調査として1973年から1976年に発掘調査が行われ、その東部分が保存されている。 遺跡公園 | 横浜市歴史博物館 にほんブログ村

登呂遺跡 静岡市駿河区登呂

登呂遺跡は弥生時代後期の遺跡。第二次世界大戦中の1943年に、静岡市登呂の水田地帯で軍需工場の建設工事中に水田の下1mの採土から多くの木製品が出土し、さらに水田跡と考えられる杭列も発見され、学術的発掘調査が行われた。第1次調査は、軍事的制約下で…

高坂館跡・高坂二番町遺跡 見学会(2/11) 東松山市高坂

2月11日に東松山市高坂の高坂館跡・高坂二番町遺跡の遺跡見学会に参加した。 昨年5月から始まった第9次調査では、縦穴住居跡46軒、古墳跡7基、溝跡64条、掘立柱建物跡3棟、土坑161基、柱穴734基が検出された。調査区は南北約150m、東西約40m、北側が高坂館跡…

東高根森林公園 川崎市宮前区神木本町

川崎市北部の多摩丘陵の東端、多摩川とその支流の平瀬川に囲まれた、かつての里山を1978年に神奈川県立の森林公園として開設した。面積は10.6ha(106,000m²)。公園北部(古代芝生公園)で、弥生・古墳時代(推定3〜6世紀頃)の竪穴式住居跡が約60軒、ドングリなど…

弥生土器の発見地 文京区弥生

1884年3月2日、当時、東京大学予備門の学生だった有坂鉊蔵(しょうぞう)が根津の谷に面した貝塚から赤焼きの壺を発見した。翌日、東京大学の学生だった坪井正五郎、白井光太郎を現場に連れて行き、壺は坪井にあずけられた。後年になって、これが縄文土器とは…

国府台遺跡 現地説明会(5/23) 市川市国府台

国府台(こうのだい)遺跡第192地点の現地説明会に参加した。京成線国府台駅から北に徒歩10分。今回の発掘では、両側に側溝をもち、路面幅が9mほどの古代の道路跡が、南北長さ45mにわたって発見された。東の側溝は深さ0.7m、西の側溝は一番深いところで1.8mあ…

中里峽上遺跡 北区中里

飛鳥山博物館主催の北区遺跡学講座に参加した。中里峽上(なかざとはけうえ)遺跡は、豊島郡衙である御殿前遺跡の東に隣接する縄文・弥生・古墳時代・奈良時代・平安時代・江戸時代にかけての複合遺跡。「峽(はけ)」は「崖(がけ)」の意味。博物館内で座学のあ…

白旗塚古墳と伊興遺跡 足立区

東京都足立区と埼玉県草加市の境を流れる毛長川南岸の自然堤防上に形成された伊興古墳群で現存する唯一の古墳、白旗塚(しらはたづか)古墳。6世紀ごろの円墳。未調査なので正確にはわからない。直径12m、高さ約2.5m。1987年に白旗塚史跡公園として整備された…