週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

弥生時代遺跡

英国大使館跡・遺跡見学会 千代田区一番町

昨年12月に「英大使館跡地から弥生時代の集落 説明会開かずマンション建設へ」と報じられた東京都千代田区の英国大使館の南側「英国大使館跡」の発掘調査の遺跡見学会に参加した。縄文時代から近世までの複合遺跡。発掘対象(7700平方メートル)は1区から3区に…

発掘された染地遺跡 調布市郷土博物館

調布市郷土博物館で開催中の企画展「発掘された染地遺跡~多摩川低地のムラ~」を鑑賞した。本展では、第128地点の発掘調査の成果を中心に、これまで行われた発掘調査でわかった多摩川低地のムラの様子を紹介。都内3例目となる小銅鐸も展示。会期は12月3…

東山南遺跡 甲府市下向山町

甲斐風土記の丘・曽根丘陵公園を散策の続き。 東山南遺跡 東山南遺跡 (ひがしやまみなみいせき) この遺跡は平成元年(1989)と平成2年(1990)に発掘調査が行われ、現在は「花の広場」 と「勾玉広場」として整備されています。 この「花の広場」では、弥生時代後…

上の平遺跡 甲府市下向山町

発掘された日本列島2023展を鑑賞した後は、甲斐風土記の丘・曽根丘陵公園を散策。風土記の丘研修センター 野外ステージ、遊具広場 上の平遺跡 方形周溝墓群 上の平遺跡 御坂山系の山なみから、甲府盆地にせり出したこの小高い丘は、會根丘陵と呼ばれ、県下で…

子の神遺跡 厚木市戸室

厚木市の古墳巡りの続き。次に訪れたのは厚木市立戸室小学校。校内に子の神遺跡の説明板が立っている。子ノ神遺跡は、戸室小学校の建設に伴って発見された遺跡で、昭和49年(1974)から昭和52年(1977)にかけて発掘調査が行われ、弥生時代中期から平安時代にい…

池上遺跡見学会(2/25) 熊谷市小敷田

2月25日に、熊谷市立江南文化財センター主催の「池上遺跡見学会−弥生時代~古代の人々の暮らし−」に参加した。池上遺跡は、行田市の小敷田地区と接する熊谷市の池上地区の国道17号熊谷バイパスと国道125号線が交差する周辺に広がる遺跡で、これまで数度の発掘…

岩名天神前遺跡 佐倉市岩名

佐倉市市民体育館から佐倉市の史跡に指定されている山崎ひょうたん塚古墳に向かった。途中、岩名天神前遺跡に立ち寄った。現在は、宮前中央公園になっている。佐倉市教育委員会が建てた標柱によれば、1963年(昭和38年)、耕作中に偶然土器が発見、土器は関東…

海隣寺於茶屋遺跡 佐倉市海隣寺町

並木1号墳を訪れた際に、佐倉市役所の海隣寺於茶屋遺跡にも立ち寄った。縄文時代から奈良・平安時代までの複合遺跡。 文献 [1] 佐倉市教育委員会文化課 2012 『平成22年度 佐倉市埋蔵文化財発掘調査報告書』佐倉市教育委員会 [2] 印旛郡市文化財センター他 2…

「新宿の弥生時代~教科書の弥生時代と比べてみると~」新宿区立新宿歴史博物館

新宿区立新宿歴史博物館で開催中の「新宿の弥生時代~教科書の弥生時代と比べてみると~」を鑑賞した。1991年に高田馬場三丁目遺跡で都内最初の出土例として注目された小銅鐸、その後に検出された八王子市中郷遺跡と調布市染地遺跡の小銅鐸を含め、関東近県の…

『古代史の謎はどこまで解けたか (PHP新書)』山岸良ニ著

昔、購入した本を再読した。奥付けでは2006年10月の第1版第1刷で、2009年の企画展の栞が挟まっていたので、2009年に購入したのかもしれない。読んだ形跡がないくらいの美品なので未読かも。 本書は、戦後60年の考古学の歩みをわかりやすく解説することを意図…

神崎遺跡 綾瀬市吉岡

神崎遺跡は、神奈川県中央部、相模川の支流となる河川付近の標高24mの台地上に立地する弥生時代後期の環濠集落跡。土器は西遠江産が95%以上を占め、当該地域から集団移住があったと考えられている。弥生時代後期の南関東地域の社会のあり方を知る上で重要…

岡田遺跡 寒川町岡田

相模川の支流の目久尻川と小出川に挟まれた標高24mの相模野台地上に所在する岡田遺跡は、縄文時代から弥生時代の遺跡で、特に縄文時代中期の集落址は、環状集落で、勝坂式期から加曽利E式期の竪穴住居址が600軒以上確認され、未調査を含めると推定1,000〜1,5…

「土の中からこんにちは!!」その2 川口市郷土資料館

8月3日から11月7日まで川口市郷土資料館で開催中の企画展「土の中からこんにちは!!」を鑑賞した。これまで川口で発掘された遺物の中からはじめて公開するものばかりを集めた企画展。川口の歴史が詰まっている。 前回からの続き。 まいにちドキ土器53「台付…

くまん塚 戸田市本町

埼玉県戸田市にまだ現存する古墳があるらしいと知り訪れた。その古墳は、本村古墳群のくまん塚。文献[1]によると「現在は、開墾されて原形をとどめていないが、わずかに墳丘と横穴式石室に使用されたと思われる石材が残っている。出土した年月は不詳であるが…

道灌山遺跡 荒川区西日暮里

道灌山遺跡は、開成学園のグラウンドを中心に台地上に広がる縄文時代から江戸時代に至る複合遺跡。道灌山は太田道灌に由来すると思っていたが、地元の善性寺の開基とされる関道閑(せきどうかん)の屋敷跡に由来するとの説もあるそうだ。 東都名所 道灌山虫聞…

陸軍被服倉庫跡と道合遺跡 北区赤羽台

北区赤羽台団地を再開発したUR都市機構の公団住宅「ヌーヴェル赤羽台」 2006年にA街区(1・2号棟)、2010年にB街区(3・4・5号棟)とC街区(6・7号棟)、2015年にD街区(8〜11号棟)が竣工。赤羽台団地は1962年に東京23区内として初めての大規模団地として造成された…

前田耕地遺跡 あきる野市野辺

あきる野市の東部図書館エルの南隣にある前田公園に前田耕地遺跡の一部が保存されている。前田耕地遺跡は、多摩川支流の秋川と平井川に挟まれた段丘上に位置し、1976年(昭和51年)から1984年(昭和59年)まで発掘調査が行われ、縄文時代草創期から古代に至る集…

石神遺跡 あきる野市原小宮

石神公園を含む一帯は石神遺跡として知られ、1994年から土地区画整理事業に伴う発掘調査が行われた。縄文時代の集石土坑(蒸し焼き調理跡)4基、弥生時代終末から古墳時代初頭の住居跡18軒、周溝墓4基、古墳時代後期の住居跡37軒、奈良・平安時代の住居跡24軒…

「縄文時代のたべもの事情」埼玉県立歴史と民俗の博物館

埼玉県立歴史と民俗の博物館の企画展「縄文時代のたべもの事情」のSNSでの評判が良かったので鑑賞してきた。写真撮影禁止で図録なし。海なし県でダ埼玉と揶揄される埼玉県は縄文時代には海があり貝塚がある。遺跡からの出土品で縄文時代のたべもの事情や、動…

反町遺跡 東松山市あずま町

ショッピングモールのピオニウォーク東松山の東口に反町遺跡の展示コーナーがある。反町遺跡はアピタ反町の建設予定地内にあり、2007年10月から1年かけ発掘調査が行われた。古墳時代初めの住居跡や勾玉を作った玉作工房やガラス玉の鋳型が見つかり、この地域…

久ヶ原遺跡 大田区久が原

昨年、大田区立郷土博物館を訪れたら展示入替ため休館だった。今回、再訪してリベンジを果たした。田園調布古墳群から出土した遺物など見所が多い。 郷土博物館を堪能した後、久ヶ原遺跡のある久が原の台地を目指した。久ヶ原遺跡は、弥生時代後期を中心とし…

三殿台遺跡 横浜市磯子区岡村

三殿台(さんどのだい)遺跡は横浜市磯子区岡村の標高55mの高台にある縄文時代から古墳時代にわたる複合遺跡。1961年に発掘調査が行われ、約270軒の縦穴住居跡が重なり合って見つかった。ちょうど、2名の新人ボランティアさんにベテランボランティアさんが遺跡…

本町田遺跡 町田市本町田

町田市立博物館に隣接する本町田遺跡は1967年から1968年に藤の台団地造成に先立って発掘調査が行なわれ、縄文時代前期の住居跡4軒と弥生時代中期の住居跡7軒が見つかりました。当時はあまり例のない、2つの離れた時代の集落が同じ場所に形成された遺跡だった…

歳勝土遺跡 横浜市都筑区大棚西

歳勝土(さいかちど)遺跡は大塚遺跡に住んだ人々の墓地。大塚遺跡の環濠とその周囲に広がる土塁に近接した一帯から方形周溝墓群が発見された。発見された遺構25基の方形周溝墓を保存し、うち5基を復元して保存している。歳勝土は字名から命名。カブトムシやク…

大塚遺跡 横浜市都筑区大棚西

大塚遺跡は弥生時代中期の環濠集落。港北ニュータウンの開発に伴う事前調査として1973年から1976年に発掘調査が行われ、その東部分が保存されている。 遺跡公園 | 横浜市歴史博物館 #君も今日から考古学者!#横浜発掘物語2023見どころ紹介206月17日(土)は大…

登呂遺跡 静岡市駿河区登呂

登呂遺跡は弥生時代後期の遺跡。第二次世界大戦中の1943年に、静岡市登呂の水田地帯で軍需工場の建設工事中に水田の下1mの採土から多くの木製品が出土し、さらに水田跡と考えられる杭列も発見され、学術的発掘調査が行われた。第1次調査は、軍事的制約下で…

高坂館跡・高坂二番町遺跡 見学会(2/11) 東松山市高坂

2月11日に東松山市高坂の高坂館跡・高坂二番町遺跡の遺跡見学会に参加した。 昨年5月から始まった第9次調査では、縦穴住居跡46軒、古墳跡7基、溝跡64条、掘立柱建物跡3棟、土坑161基、柱穴734基が検出された。調査区は南北約150m、東西約40m、北側が高坂館跡…

東高根森林公園 川崎市宮前区神木本町

川崎市北部の多摩丘陵の東端、多摩川とその支流の平瀬川に囲まれた、かつての里山を1978年に神奈川県立の森林公園として開設した。面積は10.6ha(106,000m²)。公園北部(古代芝生公園)で、弥生・古墳時代(推定3〜6世紀頃)の竪穴式住居跡が約60軒、ドングリなど…

弥生土器の発見地 文京区弥生

1884年3月2日、当時、東京大学予備門の学生だった有坂鉊蔵(しょうぞう)が根津の谷に面した貝塚から赤焼きの壺を発見した。翌日、東京大学の学生だった坪井正五郎、白井光太郎を現場に連れて行き、壺は坪井にあずけられた。後年になって、これが縄文土器とは…

国府台遺跡 現地説明会(5/23) 市川市国府台

国府台(こうのだい)遺跡第192地点の現地説明会に参加した。京成線国府台駅から北に徒歩10分。今回の発掘では、両側に側溝をもち、路面幅が9mほどの古代の道路跡が、南北長さ45mにわたって発見された。東の側溝は深さ0.7m、西の側溝は一番深いところで1.8mあ…