週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

歌碑・句碑・詞碑

中根八幡前遺跡 野田市中根

次に中根八幡前遺跡を訪れた。中根八幡前遺跡は、1951年に野田市で初めて発見された竪穴住居跡(5m X3.85mの長方形)で、その後の研究で古墳時代初頭(4世紀頃)の遺跡とされている。かつて復元住居があったが老朽化により1998年に解体された。床に柱穴がなく、…

曝井(さらしい) 水戸市愛宕町

曝井(さらしい)は、愛宕山古墳の西方、北に下る滝坂の中程、曝台といわれる右手にあって、「千歳湧く曝井の泉」と郷土かるたに選定された1200年の歴史を秘めた萬葉ゆかりの湧き水。 曝井(さらしい) 三栗(みつくり)の那賀(なか)に向へる曝井の絶えず通はむ そ…

那須国造碑 大田原市湯津上

笠石神社のご本尊として祀られている那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ)。徳川光圀の命により侍塚古墳で行われた学術的発掘調査の契機になった石碑。日本三碑。国宝。 日本考古学の原点 湯津上の侍塚古墳 那須の湯津上は国宝・那須国造碑、史跡・侍塚古墳…

愛宕神社古墳 川越市仙波町

仙波古墳群の愛宕神社古墳は、仙波台地の東南端上に築かれた基壇のある二段築成の円墳。径45m。高さ6m。墳頂に愛宕神社を祀る。この愛宕神社古墳とこのあと訪れた浅間神社古墳は、父塚、母塚と呼ばれていたようだが、どちらが父塚で、どちらが母塚なのか、文…

古代蓮の里 行田市小針

行田市の「古代蓮の里」を訪れた。古代蓮といえば大賀一郎博士の大賀蓮が有名だが、こちらの古代蓮は別系統。蓮の花の季節はすでに終わっていたが、「世界の花蓮」のエリアでは、品種によって何輪か咲いていた。 古代蓮の里(埼玉県行田市) にほんブログ村

おくのほそ道矢立初の地 足立区千住橋戸町

1689年春、芭蕉は江戸深川の採茶庵を引き払い、隅田川を舟で登り千住大橋付近で下船して「矢立の初」の句「行く春や 鳥啼き魚の 目は泪」を詠んだ。矢立の地が隅田川の右岸の荒川区の南千住なのか、左岸の足立区の北千住なのかはっきりしない。両区は共に譲…

千住神社 足立区千住宮元町

八幡太郎源義家が 奥州征伐の際に千住二森に陣営を構え、戦勝を祈願したと伝わる千住神社。 不屈のイチョウ 御神木 神橋渡り 千住富士 松尾芭蕉の句碑「ものいへば唇さむし秋の風」 西森神社之碑 防空壕 http://senjujinja.kachoufuugetu.net/ にほんブログ村

蓮田サービスエリアの芭蕉句碑 蓮田市黒浜

東北自動車道下り線最初のサービスエリアの蓮田サービスエリアに建てられた「芭蕉句碑」には、「おくのほそ道」で、旅立ちの日の明け方、採荼庵(さいとあん)より舟に乗って出立し、千住大橋付近で船を下りて詠んだ矢立ての初めの句「行く春や 鳥啼なき魚の …

正福院貝塚 白岡市白岡

849年(嘉祥2年)に慈覚大師円仁によって草創されたと伝わる正福院。 1713年(正徳3年)建立の宝篋印塔 ひぐらしの丘 室生犀星文学碑 「靴下」 室生犀星毛糸にて編める靴下をもはかせ好めるおもちやをも入れあみがさ、わらぢのたぐひをもをさめ石をもてひつぎを…

日本平 静岡市清水区草薙

日本平はその昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の際、草薙の原で野火の難にあい賊を平定した後、この山の頂上に登り四方を眺めたところからこの名で呼ばれるようになったと伝わる。標高307メートルの丘陵地。富士山を正面に眼下に三保松原や駿河湾が…

伊豆美神社 狛江市中和泉

兜塚古墳から西に徒歩2分の伊豆美(いずみ)神社の由来。889年(寛平元年)北谷村字大塚山に大國魂神社(府中市)を分祀して六所宮とした。1550(天文19)年、多摩川の洪水により社地が流されたため、二年後の1552(天文21)年に現在地へ遷座された。1868(明治元)年に…

芝丸山古墳 港区芝公園

東京タワーから見下ろせる芝公園の中に芝丸山古墳はある。前方後円墳。全長106m、後円部の直径64m、くびれ部の幅が約22mと都内最大級。前方部の広がりと高さのない形態から5世紀の築造と推定される。標高22m。築造当時は芝の潟の港を見下ろす位置に古墳はあ…