週末は古墳巡り

日本の古墳と煉瓦の共通点(なぜ、古墳めぐりのブログで煉瓦を取り上げるのかの言い訳) 古墳(特に前方後円墳)は3世紀半ばに誕生すると全国に広まるが、6世紀の仏教伝来で終わる。煉瓦は明治維新で始まり、関東大震災で終わる。終わりの美学。終わったのにまだ残っている。誰かが守らなければなくなる。

標石

海軍下瀬火薬製造所跡 北区西ヶ原

西ヶ原みんなの公園の西側の下瀬坂。 下瀬坂はかつてこの地にあった海軍下瀬火薬製造所に由来する。下瀬火薬は、海軍技師下瀬雅允(しもせまさちか)が実用化した石炭酸を硝化して作るピクリン酸を主成分とする爆薬。1893年に日本海軍に採用され、日露戦争(190…

海徳寺の鍰煉瓦の塀 品川区南品川

海徳寺の西側の塀の下部が鍰煉瓦(からみれんが)。 「奉納」と「明治四十三年十月」と記されている。 さらに進むと本覚寺の塀の角に「KHK」と記された京浜急行の標石(境界石)が見つかる。背後の高架に京急の電車と新馬場駅が見える。 にほんブログ村

東京第二陸軍造兵廠王子工場の標石 北区王子

東京国税局王子税務署の西の通りに東京第二陸軍造兵廠王子工場(板橋火薬製造所王子工場)の標石(境界石)が残る。 「陸軍」の文字が刻まれている。よく見たら、隣の段差スロープにローマ字でことわざが書かれている。 塀に沿って鍰煉瓦(からみれんが)が並ぶ 近…

豊島ドッグ跡(豊島公園) 北区王子、豊島

北区の豊島公園は、北区立明桜中学校(旧豊島中学校)の南から石神井川まで、道路に沿って「く」の字に細長く続く。ここには明治から大正時代に陸軍が造った掘割があった。掘割には豊島ドッグと呼ばれる船溜りがあった。明桜中学校を含む王子6丁目には、板橋火…

滝野川雷汞所の陸軍標石 北区滝野川

滝野川雷汞所(らいこうじょ)は東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の別名。雷汞(らいこう)は爆弾の起爆薬で、水銀を硝酸で溶解しエチルアルコールを加えて反応させたもの。雷汞を詰めたのが雷管。 滝野川病院脇に滝野川雷汞所の東端を示すと思われる標石(境界石)が…

都営王子本町アパートの陸軍標石 北区王子本町

老朽化した都営王子本町アパートの建て替え工事が進んでいる。場所は北区立中央公園の東側で北区立中央図書館の南側。既に建て替えが完了している1号棟と2号棟の南の擁壁の裾に、旧陸軍の標石(境界石)が残る。東京第一陸軍造兵廠十条工場の南端か? 2号棟の…

憲兵の詰所(?) 北区滝野川

北区の豊島五丁目団地にかつて、国鉄の東北本線貨物支線(通称:須賀線)の貨物駅の須賀駅があった。終戦まで、須賀駅から延びた軍用貨物線は、東京第一陸軍造兵廠十条工場内に入り、そこから南の東京第一陸軍造兵廠滝野川工場の方に続いていた。この終点付近に…

信濃町煉瓦館 新宿区信濃町

信濃町駅前の慶應義塾大学病院の手前に信濃町煉瓦館がある。 小口にハングル文字の刻印が見つかる。建設途中で放置されていた韓国の煉瓦を活用したらしい。 このビルは慶應義塾大学医学部食養研究所の跡地に建てられた慶應病院と第一生命の共同ビル。 信濃町…