週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

千葉県

犬吠埼灯台の吏員退息所の煉瓦 成田市下総歴史民俗資料館

成田市下総歴史民俗資料館の正面で撮った写真を見たら木造船と煉瓦造の基礎のようなものが写っていた。Googleマップのクチコミによると「煉瓦造の犬吠埼灯台の吏員退息所(りいんたいしょくしょ)の一部」のようだ。犬吠埼灯台の吏員退息所は、灯台保守要員の…

海軍無線電信所船橋送信所 船橋市行田

船橋市の行田団地と行田公園を地図で見ると、直径800mほどの円形の道路に囲まれていて、不思議に思う。ここは、海軍無線電信所船橋送信所と呼ばれる無線施設の跡地で、日露戦争の直後に設置され、1946年の真珠湾攻撃の時に「ニイタカヤマノボレ一二〇八」の…

日本全国の古墳の総数と都道府県の比較

日本全国の古墳の総数に関しては諸説あるが、「古墳にコーフン協会」のブログ(最新全国古墳の数、多い順ランキング!(平成28年度調査) | 古墳にコーフン協会)では文化庁の平成28年度の「埋蔵文化財関係統計資料」の「参考資料:平成28年度 周知の埋蔵文…

千葉県所在古墳詳細分布調査報告書 千葉県教育委員会

ヤクオクで競り落とした書籍を紹介するシリーズの3回目として、1990年(平成2年)3月に千葉県教育委員会が発行した「千葉県所在古墳詳細分布調査報告書」を紹介する。 千葉県教育委員会では、遺跡の種類別に、昭和55〜57年度に「貝塚」、昭和58〜60年度に「生…

高部古墳群 木更津市千束台

千葉県木更津市の高部30号墳、32号墳出土品が昨年3月に千葉県指定有形文化財に指定された。高部30号墳、32号墳は関東地方最古級の前方後方墳で、1993年に発掘調査が行われた。調査後の跡地がどうなっているのか調べたところ、木更津市の「よくある質問」に「…

あれもEこれもE - 加曽利E式土器 北西部地域編 - 千葉市立加曽利貝塚博物館

加曽利貝塚の現地説明会の予約時間の前に加曽利貝塚縄文遺跡公園内の千葉市立加曽利貝塚博物館で開催中の企画展「あれもEこれもE - 加曽利E式土器 北西部地域編 -」を見学。加曽利E式土器とは、加曽利貝塚の北貝塚のE地点を標識遺跡とする縄文土器の型式で、…

加曽利貝塚 発掘調査現地説明会(11/28) 千葉市若葉区桜木

3年連続で加曽利貝塚の発掘調査現地説明会に参加した。今年は新型コロナ禍で、事前申込制。さいたま市の真福寺貝塚の発掘調査現地説明会と同日だったので、設定された時間の最終枠で応募した。30分毎に設定された時間枠毎に30名の定員で、最終枠は無抽選だっ…

きつね山古墳 柏市大室

利根川右岸の東急不動産が開発した宅地「柏ビレジ」に囲まれた高台の突端に残るきつね山古墳。文献[1]では、「墳形は円墳(前方後円墳)、径20m、円筒埴輪、遺存度◯?」とされる。古墳の隣に公園を造成することになり平成28・29年に発掘調査を実施したところ、…

国府台遺跡出土の煉瓦 市川市国府台

3年前に参加した千葉県市川市の国府台県営住宅の建て替えに伴う国府台遺跡の発掘調査の現地説明会の写真をチェックしたら、刻印のある煉瓦の写真があった。当時は煉瓦の知識がなかったので刻印の意味もわかっていなかった。3種類の桜の刻印は小菅集治監製? …

辻きり 千葉県立房総のむら

「辻きり」は、人畜に害を与える悪霊や悪疫が集落に侵入するのを防ぐため、各集落の出入口にあたる四隅の辻を霊力によって遮断する風習。遮断する方法は、千葉県南部では注連縄(しめなわ)を道に張る集落が多く、北部では大蛇を作る集落が多い。千葉県立房総…

中峠上古墳群 我孫子市中峠

1912(明治45)年の利根川流路変更工事で取り残された旧利根川の河道の古利根沼(ふるとねぬま)の南の古利根公園「自然観察の森」の周辺に分布する中峠上古墳群。文献[1]では「円墳10基、遺存度◎1基(6号墳、円墳、径約11m)、○1基(1号墳、円墳?、径7m)、✖︎4基」…

下根古屋古墳 我孫子市中峠

太陽光パネルの脇に残る下根古屋古墳。円墳。径16m。1590年(天正18年)、芝原城が落城の後、 河村氏の家臣・林伊賀守(順道)が従士32人とともに自刃した場所と伝わる順道塚が、この下根古屋古墳のようだ。「古墳と考えられる小高い塚に立てられた碑に1673年(寛…

中峠北古墳群 我孫子市中峠

JR東日本の成田線の湖北駅まで移動して、駅に北側に所在する中峠北古墳群などを見学。中峠北古墳群は、ちば情報マップでは「円墳10基、S57年調査、7基現存」、文献[1]では「円墳9基、遺存度◎2基、◯1基、△2基、✖︎4基」、我孫子市のウェブサイトに中峠北2号墳(…

上宿古墳 印西市大森

次に訪れたのが上宿(かみじゅく)古墳。貝化石を含む軟質砂岩の切石を使った横穴式石室が開口する。 上宿古墳【千葉県印西市】個人宅敷地内に開口する、貝化石入り砂岩を用いた横穴式石室。前回探訪したのは8月だったので蜂や蚊やカマドウマ地獄でしたが、今…

印西市立木下交流の杜歴史資料センター 印西市木下

印西市立木下交流の杜歴史資料センターの屋外に展示されている松山2号墳の箱式石棺と木下貝層の貝化石を見学。この展示は、箱式石棺の移設という意味ではなく、石材に着目して、両者の色の違いなどを示すのが目的のようで、箱式石棺の石材の配置は出土状況と…

木下貝層 印西市木下

龍角寺古墳群の岩屋古墳や上福田岩屋古墳の石室の石材に使われた貝化石を含む軟質砂岩の産地の木下(きおろし)貝層を木下万葉公園で見学した。木下貝層は約12〜13万年前の地層で、古東京湾と呼ばれる大きな内湾で堆積した貝殻でできたもの。日本地質学会選定…

上福田岩屋古墳 成田市上福田

岩屋古墳(龍角寺105号墳)から東南に徒歩17分の位置にある上福田岩屋古墳。一辺約32m、高さ6mの方墳。7世紀後半の築造。貝化石を含む軟質砂岩の切石を使った横穴式石室が開口する。 入口からチョコっと石室を撮影 新兵器の自撮り棒で撮影 上福田岩屋古墳【千…

龍角寺古墳群 (再訪) 印旛郡栄町龍角寺

この日は「千葉県立房総のむら」の入園料が無料。生憎の雨で人手は今ひとつ。 公園内の龍角寺古墳群の一部を再訪。 龍角寺101号墳 龍角寺97号墳 龍角寺115号墳 龍角寺96号墳 龍角寺95号墳 龍角寺94号墳 龍角寺93号墳 龍角寺92号墳 にほんブログ村

みそ岩屋古墳 (再訪) 印旛郡栄町龍角寺

岩屋古墳(龍角寺105号墳)の西石室の特別公開の前にみそ岩屋古墳(龍角寺106号墳)と龍角寺107号墳を再訪。 みそ岩屋古墳(龍角寺106号墳)。方墳。南東辺35m。高さ4.7m。三段築成。横穴式石室。7世紀後半の築造。石室の入り口はブルーシート(グリーンシート?)で…

龍角寺104号墳 (再訪) 印旛郡栄町龍角寺

岩屋古墳(龍角寺105号墳)の南西の藪の中の龍角寺104号墳。方墳。一辺34m。高さ2.7m。石切積横穴式石室。昨年は、藪が刈られて姿を見せていたそうだが、今年は岩屋古墳の草刈りも一部残っていて104号墳まで手が回らなかったとのこと。いつか、その姿を拝みた…

岩屋古墳(龍角寺105号墳)西石室 特別公開(2020/11/3)

千葉県印旛郡栄町の文化の日のイベントで岩屋古墳(龍角寺105号墳)の西石室が公開されると聞き駆けつけた。 南南東の一辺に2基の横穴式石室の開口部が9mの間隔で並ぶ。江戸時代後期には石室が開いていた記録があり、盗掘されたのか副葬品に関する記録はない。…

東金野井貝塚 野田市東金野井

東金野井貝塚は江戸川と五駄沼に挟まれた南北に伸びる台地の西端にある馬蹄形貝塚。130m×110mほどの弧状になる二つの大きな貝塚と、二か所の斜面貝塚で構成。貝塚の主体は、縄文時代中期から晩期。 東金野井貝塚|野田市ホームページ 東金野井貝塚出土遺物 -…

親野井古墳 野田市親野井

江戸川左岸の流山街道(日光東往還)沿いに所在する親野井古墳。円墳。径15.5m。詳細不明。墳丘の真ん中を横切る土地の区画の境で管理状況が異なる。 江戸川の土手。対岸(右岸)は国の史跡に指定された神明貝塚(春日部市西親野井)。 文献 [1] 千葉県教育委員会 …

八幡神社裏古墳 野田市新田戸

誉田別尊を祀り元応2年(1320年)の創建と伝わる八幡神社の裏に所在する八幡神社裏古墳。円墳。径17m。詳細不明。 文献 [1] 千葉県教育委員会 1990年「千葉県所在古墳詳細分布調査報告書」 にほんブログ村

出来山遺跡 松戸市千駄堀

松戸市立博物館の駐車場脇に説明板がある出来山遺跡(できやまいせき)。約12000年前の旧石器時代の遺跡。 にほんブログ村

太田山公園 木更津市太田

太田山公園のある太田山は別名「恋の森」とも呼ばれる。神代の昔、日本武尊東遷の折、相模から上総へ東京湾を渡ろうとしたとき、にわかに強風が起こり、船が難破しそうになり、妃の弟橘媛は尊の命を救おうと、海中に身を投じ、海神を慰めたのでたちまち、波…

東京湾の浮世絵 海ほたるパーキングエリア

東京湾アクアラインの東京湾に浮かぶ人工島の海ほたるパーキングエリアに、葛飾北斎の富嶽三十六景から東京湾の古き良き昔を偲ぶ構造の作品を原版の版木から摺り上げ4倍サイズで摺り込み焼き締めた陶板が展示されている。 『凱風快晴』山梨県大月市 『神奈川…

金田海岸潮干狩場 木更津市北浜町

潮干狩りの定番、木更津市の金田海岸。今年は、4月7日にオープンしたが、4月9日から休業している。天気が良ければ富士山が望める。 金田漁業協同組合ホームページ(潮干狩り 潮見表2020年) (2007年4月29日撮影) 電柱の話をするならここの話にも触れて欲しい…

亥鼻城跡 千葉市中央区亥鼻

鎌倉幕府を開いた源頼朝の重鎮であった千葉常胤(つねたね)の父・常重(つねしげ)が1126年(大治元年)に居館(亥鼻城)を構えた亥鼻山(いのはなやま)。1455年(康正元年)に千葉胤直(たねなお)が原胤房(たねふさ)に追われるまで約330年に渡り千葉氏の拠点であった。…

お紬塚古墳 袖ケ浦市神納

小櫃川北岸の標高32mの舌状台地の基部にあるお紬塚(おつむぎづか)古墳。円墳。径50m。周溝と周堤の一部が残る。6世紀中葉の築造。 古墳の北西に平成通りが台地を切り通して開通。袖ケ浦中央霊園の桜。 文献 [1] 房総の古墳を歩く編集委員会 2006『房総の古墳…