週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

円墳

白旗塚古墳 (再訪) 足立区東伊興

毛長川南岸の自然堤防上に形成された白幡塚古墳群で現存する唯一の古墳、白旗塚(しらはたづか)古墳を再訪。古墳の周りを巡る水濠は古墳保護の観点で疑問。 白旗塚古墳は、古墳巡りを始めたばかりの2017年に訪れた思い出の古墳。 にほんブログ村

十条富士塚 (再訪) 北区中十条

3年前に古墳巡りを始めた頃に訪れた十条富士塚。古墳を利用した富士塚とされる。日光御成道(旧岩槻街道、都市計画道路補助第83号線)の拡幅工事が塚の手前まで迫っていると聞いて再訪した。 今年7月の十条富士塚神社の大祭の後に石碑移設・除去工事。12月頃か…

牛沼古墳群 あきる野市牛沼

圏央道の秋川高架橋の下に保存されている牛沼古墳群。 牛沼1号墳。円墳。文献[1]では「墳丘は消滅、主体部は石積の一部と思われる石が露出している」と記載されている。 牛沼2号墳。円墳。文献[1]では「墳丘は消滅、主体部は石積の一部と思われる石が露出し…

田土部稲荷古墳 土浦市田土部

桜川左岸の筑波鉄道筑波線の田土部駅跡近くに位置する田土部稲荷古墳。円墳。土浦市の遺跡番号024。 にほんブログ村

茨城古墳 石岡市茨城

茨城県の地名の由来となった「茨城」の発祥の地にある茨城古墳。円墳。墳頂部削平。ばらき台第2公園になっている。 墳頂には4宇の祠を祀る。 砂場を改修中 茨城の発祥の地は茨城県茨城町かと思っていたら、石岡市茨城に茨城古墳があって、あれれ。ちなみに、…

愛宕神社古墳 石岡市貝地

常陸国府跡から南東に1.2kmの位置にある愛宕神社古墳。円墳。一部削平。墳丘に愛宕神社を祀る。また、平景清を祀る景清塚とも伝わる。 「平景清公之霊地」の碑 「平景清」について調べてみた。平安時代末期から鎌倉時代初期の武士で、本名は藤原景清(ふじわ…

岩谷古墳 石岡市青田

土浦市と石岡市を結ぶ県道138号の朝日トンネル(1,784m)を抜けた先にある岩谷古墳。円墳。複式構造の横穴式石室が開口する。東日本大地震で石室の壁石が1枚倒れた。平成29年度に発掘調査と石室の解体、修復、墳丘の復元を実施。 「石岡を掘る4展示解説」に復…

楓山古墳 熊谷市箕輪

阿諏訪野古墳の南に200mの位置にある楓山(かえでやま)古墳。古墳時代後期の円墳。 にほんブログ村

塩古墳群の第I支群 (その1) 熊谷市塩

墳活初めの続き。熊谷市の塩古墳群の第I支群。塩古墳群は、和田川右岸の丘陵上に形成された古墳時代前期から後期にかけての古墳群。I〜VII支群で構成され、99基の古墳が確認されている。第I支群(狸塚支群)は36基の古墳で構成され、標高80m域に分布する前期古…

天神山1号墳、3号墳 嵐山町勝田

天神山古墳群の続き。天神山1号墳。円墳。 天神山1号墳の墳丘上に大きな窪みと河原石? 天神山3号墳。円墳。 左奥が天神山2号墳、右手前が天神山3号墳。 左手前が天神山2号墳、右奥が天神山1号墳。 花見台第一公園の調整池 嵐山町のマンホール蓋 天神山1号墳…

天神山2号墳 嵐山町勝田

墳活初めの3基目は嵐山町の天神山古墳群の天神山2号墳。花見台第一公園の調整池の北にある淡洲神社の裏山を登ったところにある。 淡洲神社 「イノシシ注意」の道 左が天神山1号墳、右が天神山2号墳。 天神山2号墳。円墳。径15m。凝灰岩の切石を使用した胴張…

稲荷塚古墳 嵐山町菅谷

墳活初めの2基目は、嵐山町の稲荷塚古墳。胴張型の複式構造の横穴式石室を持つ。側壁は結晶片岩の扁平な割り石の小口積み。奥壁と天井部は大きな一枚岩の片岩。 文献[1]によると胴張型横穴式石室について「渡来人である壬生吉志氏の一族が武蔵国に来て広めた…

若宮八幡古墳 東松山市石橋

今年の墳活初めは、東松山市の若宮八幡古墳。下唐子古墳群の塚原支群の主墳。円墳。径34m。6世紀後半の築造。胴張型の複式構造の横穴式石室を持つ。砂質凝灰岩で「切石切組積工法」を採用。墳頂に八幡神社を祀る。 2018年にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆…

富士山古墳 大洗町大貫町

大貫小学校跡の南の浅間神社の社殿の奥にある円墳。 趣味の案件 大洗町富士山古墳 下宿古墳 にほんブログ村

車塚古墳 大洗町磯浜町

車塚古墳は日下ヶ塚古墳の北にある全国屈指の大型円墳。径約88m。4世紀の築造。車塚古墳を最後に磯浜古墳群では古墳は築かれなくなる。 筑波山が見える 新那珂川大橋が見える かねふくめんたいパーク大洗の張りぼてが見える 日下ヶ塚古墳の後円部が見える 葺…

勝福寺古墳群 成田市北須賀

勝福寺古墳群は印旛沼東岸の印旛沼を見下ろす丘陵上に分布する古墳群。 勝福寺3号墳。円墳。 勝福寺2号墳。円墳。 勝福寺1号墳。円墳。祠の後ろの林の中にある。 台地の下に印旛沼 勝福寺4号墳(こんぴら山)。前方後円墳。 手前が勝福寺3号墳、奥が勝福寺4号…

公津原30号墳〜38号墳 成田市玉造

公津原古墳群の北の支群の八代台古墳群の9基の古墳が外小代公園に保存されている。 公津原30号墳。円墳。全長10m。 公津原31号墳。円墳。全長12m。 公津原32号墳。円墳。全長12m。 公津原33号墳。円墳。全長12m。 公津原34号墳。円墳。全長13.5m。 公津原35…

公津原25号墳〜29号墳、40号墳 成田市玉造、八代

公津原古墳群の北の支群の八代台古墳群の6基の古墳が花内公園の西側の外周通りの両側に並ぶ。 公津原25号墳。円墳。全長9m。 公津原26号墳。円墳。全長10m。 公津原27号墳。円墳。全長14m。 公津原28号墳。円墳。全長14.5m。 公津原29号墳。円墳。全長9m。 …

公津原22号墳〜24号墳 成田市玉造

公津原古墳群の北の支群の八代台(やしろだい)古墳群。前方後円墳3基、方墳6基、円墳25基。17基が保護されている。戸崎近隣公園の北西の高台に3基の古墳がある。 公津原22号墳。円墳。全長8m。 公津原23号墳。方墳。全長18m。 公津原24号墳。方墳。全長11m。 …

公津原17号墳〜20号墳 成田市吾妻

吾妻小学校の校庭に保護されている公津原古墳群の支群の天王・舟塚古墳群の4基。 公津原17号墳。円墳。 公津原18号墳。円墳。 公津原19号墳。円墳。 公津原20号墳。円墳。 公津原古墳群/千葉県 文献 [1] 房総の古墳を歩く編集委員会 2006『房総の古墳を歩く…

公津原10号墳〜16号墳 成田市赤坂

カスミフードスクエア成田赤坂店の北側の吾妻南団地の建物の間に保護されている公津原古墳群の支群の天王・船塚古墳群の7基。 公津原10号墳。円墳。全長33m。 公津原11号墳。円墳。全長15m。 公津原12号墳。円墳。全長4m。 公津原13号墳。円墳。全長5m。 公…

公津原8号墳(船塚)、9号墳 成田市赤坂

公津原古墳群の中央に位置する支群の天王・船塚(てんのう・ふなつか)古墳群。前方後円墳3基、方墳9基、長方墳1基、円墳33基。保護されているのは14基。赤坂公園の中に前方後方墳1基と円墳1基がある。 公津原8号墳(船塚)。前方後方墳。全長85m。前方と後方で…

公津原5号墳〜7号墳 成田市赤坂

公津原古墳群の南の支群の瓢塚古墳群の3基がショッピングモール・ボンベルタの敷地に保存されている。 公津原5号墳。方墳。全長35m。 公津原6号墳。方墳。全長34m。軟質砂岩切石積みの両袖型石室を持つ。 公津原7号墳。円墳。全長32m。 公津原古墳群/千葉県…

公津原1号墳〜4号墳 成田市加良部

千葉県を代表する公津原古墳群(こうづがはらこふんぐん)を案内していただいた。公津原古墳群は、総数120基を超える古墳群で、分布から3つの支群に分けられる。成田ニュータウンの建設(1969〜1971年)に伴って64基の古墳が発掘調査された。調査されずに破壊さ…

道作古墳群 (再訪) 印西市小林

道作1号墳の現地説明会の後で道作古墳群の他の古墳を巡った。現地説明会の資料では、道作古墳群は、前方後円墳7基、円墳14基、方墳の1基とされる。1号墳から6号墳まで市教育委員会が測量調査を実施済み。他は未調査。前方後円墳はすべて南西に前方部を向ける…

小林天神古墳 桐生市新里町小林

桐生市立新里中央小学校の北にある小林天神古墳。円墳。径42m。 小林の天神古墳|桐生市ホームページ にほんブログ村

赤堀33号墳 伊勢崎市五目牛町

上武道路(国道17号バイパス)と北関東自動車道が交差する地点近くの2本の道路に挟まれた三角地にある五目牛史跡公園に整備・保存されている赤堀33号墳。最大直径約47mの円形状で周堀が南側で途切れ、南側が確認できていないため墳形は確定していない。つまり…

坂田塙台古墳群 土浦市上坂田

武者塚古墳の南西の台地の縁に分布する坂田塙台古墳群。いばらきデジタルマップでは、前方後円墳1基、円墳12基、不明2基。武者塚古墳石室公開を見学後に顔馴染みの面々とまわった。 坂田塙台8号墳。円墳。径約30m。2重周溝をもつ。 坂田塙台6号墳(右)と坂田…

武者塚古墳石室公開(11/17) 土浦市上坂田

上高津貝塚ふるさと歴史の広場の土浦市立考古資料館で開催中の企画展「常陸の玉作り 重要文化財武者塚古墳出土品同時公開」の記念行事として実施された武者塚古墳石室公開に参加した。武者塚古墳(むしゃづかこふん)は古墳時代終末期(7世紀)の古墳で、1983年…

簗瀬八幡平の首塚(旧原市町12号墳) 安中市簗瀬

簗瀬二子塚古墳の前方部の南西に接する旧原市町12号墳(梁瀬首塚古墳)。円墳(径約24m)。横穴式石室。首塚として祀られている。昭和6年に墳丘に埋められた頭蓋骨が見つかり、昭和27年の調査で150体分の頭蓋骨を確認。戦国時代に埋葬された頭蓋骨を江戸時代中期…