週末は古墳巡り

日本の古墳と煉瓦の共通点(なぜ、古墳めぐりのブログで煉瓦を取り上げるのかの言い訳) 古墳(特に前方後円墳)は3世紀半ばに誕生すると全国に広まるが、6世紀の仏教伝来で終わる。煉瓦は明治維新で始まり、関東大震災で終わる。終わりの美学。終わったのにまだ残っている。誰かが守らなければなくなる。

煉瓦刻印

ガンタ積み擁壁 渋谷区上原

代々木上原駅の南側の坂を少し上がった斜面の擁壁に煉瓦のガンタ積み(空間積み)。刻印がある煉瓦も見つかる。 「上敷免製」の刻印。日本煉瓦製造。 近くの駐車場にもガンタ積みの擁壁がある。 二重円に「電路」の文字と内円に東京市電氣局の徽章の刻印のある…

暁星学園塀 千代田区富士見

暁星高校・中学校校舎西側の二合半坂側に煉瓦積みの塀がある。 右はフィリピン大使館、左が暁星高校・中学校 「へ」の刻印 「ニ」の刻印 丸の中に何かはっきりしない 菱形の刻印 「イ」の刻印 「ホ」の刻印 山口萬吉邸 硯友社跡 にほんブログ村

街で見かけた煉瓦の刻印

街歩きで煉瓦を見かけると刻印がないか気になる。 品川白煉瓦 「SS」の刻印 大阪窯業耐火 「OYR」の刻印 名古屋耐火煉瓦 「NGR」の刻印 にほんブログ村

西ヶ原の煉瓦擁壁 北区西ヶ原

武蔵野中学高等学校の北側に煉瓦擁壁が残る。 煉瓦に刻印が認められる。たぶん右横書きで「上敷免製」の文字。日本煉瓦製造の刻印。 近くの路地にあった縦書きで「日本」の文字の刻印の煉瓦。日本煉瓦製造の刻印。 にほんブログ村

日本赤十字看護大学 渋谷区広尾

日本赤十字看護大学の広尾キャンパスにある煉瓦造の校門 救援のために水を運ぶ婦人の像 医療センターの入り口付近に復元された煉瓦塀 煉瓦造の花壇 「桜のつぼみ」の刻印 丸の中に「九」の刻印 小菅集治監の桜花章(複弁桜花章b種?)の刻印 丸の刻印 「桜のつ…

海晏寺 品川区東大井

岩倉具視の墓がある海晏寺(かいあんじ)。焼き過ぎ煉瓦の門。 刻印が見つかる。 「チ」と「九」? 千葉煉瓦? 「チ」と「二」? 千葉煉瓦? 「チ」と「三」? 千葉煉瓦? 旧仙台坂(くらやみ坂) タブノキ 仙台坂トンネル 仙台味噌醸造所 大井町駅西口に、仙台…

善福寺 品川区北品川

北品川の煉瓦巡りの2カ所目は、善福寺。 名工「伊豆の長八」こと入江長八の作の龍 「分銅」印の刻印。 「分銅」印と「ハ」の刻印。 「分銅」印の刻印は、文献[2]によると、かつては横浜市内で発掘される「分銅」印の煉瓦は小菅集治監製と推測されていたが、2…

船路橋 港区芝浦

JR田町駅から徒歩12分の芝浦西運河に架かる船路橋。 平行してモノレールが走る 二重円に「電路」の文字と内円に東京市電氣局の徽章の刻印のある煉瓦が埋め込まれている。 大正から昭和にかけて、この場所に都電の修理工場があった。船路橋は修理工場に都電が…

谷中霊園の煉瓦 台東区谷中

谷中霊園に煉瓦を積んだ墓がある。 脇には煉瓦が敷かれている 刻印も見つかる。丸にサ? 丸に「サ」の字の刻印は、神田駿河台の松山堂の蔵の煉瓦でも見つかる。 あとはよくわからない 近くでスクラッチタイルを貼った柱で囲われた墓を見つけた。 天王寺の大…

松山堂の蔵と煉瓦 千代田区神田駿河台

神田淡路町二丁目にあった「松山堂の蔵」の小屋組など既存部材を再利用して復元した蔵が、御茶ノ水ソラシティの脇にある。ギャラリーとして活用されている。 脇に「松山堂の蔵」の記憶を継承する目的で、蔵から切り出した煉瓦壁を展示している。 丸に「サ」…

岩崎邸・三菱社の煉瓦 千代田区神田駿河台

御茶ノ水ソラシティに「岩崎彌之助邸跡」の碑がある。彌之助は三菱財閥の創始者の岩崎彌太郎の弟。1872年(明治5年)、21歳で米国に留学。翌年、父の急逝で兄に懇願され帰国。三菱商会に入社。翌年、後藤象二郎の長女の早苗子と結婚。元後藤の家だった駿河台東…

旧万世橋駅 千代田区外神田

1906年(明治39年)に国有化された甲武鉄道(中央本線)は、1912年(明治45年)に万世橋駅が開業して昌平橋駅の間の320mを延伸(昌平橋駅は廃止)。初代の万世橋駅舎は、辰野金吾の設計で万世橋高架橋と一体的につくられた煉瓦構造物である。中央本線は1919年に東京…

北区立中央図書館 北区十条台

陸上自衛隊十条駐屯地の東に隣接する北区立中央図書館は、1919年(大正8年)に東京砲兵工廠銃包製作所(1940年に東京第一陸軍造兵廠十条工場に改組)の弾丸鉛身場として建設された煉瓦造平屋の建物(275号棟、通称は赤レンガ倉庫)を、2008年(平成20年)にガラスを…

六郷神社と六郷橋 大田区東六郷、仲六郷

六郷水門の帰りは京急の六郷土手駅まで歩いた。 途中で見つけたアンティーク風煉瓦 三和耐火煉瓦? 明知耐火煉瓦? 大阪耐火煉瓦? 昭和耐火? 昭和窯業? 六郷神社 1910年架橋の六郷橋の親柱 旧東海道跡 北野天神 1925年架橋の六郷橋の橋門と親柱 1984年架…

信濃町煉瓦館 新宿区信濃町

信濃町駅前の慶應義塾大学病院の手前に信濃町煉瓦館がある。 小口にハングル文字の刻印が見つかる。建設途中で放置されていた韓国の煉瓦を活用したらしい。 このビルは慶應義塾大学医学部食養研究所の跡地に建てられた慶應病院と第一生命の共同ビル。 信濃町…

二代目横浜駅 横浜市西区高島

横浜に用事があったので、横浜駅から徒歩8分の距離にある二代目横浜駅の基礎等遺構を見学した。1872年(明治5年)に開業した初代横浜駅は1915年(大正4年)に二代目横浜駅の開業により桜木町駅に改名。二代目横浜駅は関東大震災(1923年)で焼失。わずか8年という…

下川煉瓦(馬さん煉化工場) 足立区宮城

「馬さん煉化工場跡」の碑が、あらかわ遊園から隅田川を挟んだ対岸にある。碑には「煉化発祥地」とある。 明治時代のはじめに下川馬次郎が宮城村に煉瓦工場(下川煉瓦)を創設。1877年(明治10年)の第一回内国勧業博覧会に煉瓦を出品して褒状(足立区郷土博物館…

荒川遊園煉瓦塀 荒川区西尾久

東京都で唯一の区営遊園地の「あらかわ遊園」を取り囲むように煉瓦塀が残る。1872年(明治5年)、現在あらかわ遊園がある場所の西部に石神仲衛門が煉瓦工場を設立。1895年(明治28年)、広岡勘兵衛(広岡幾次郎)に経営権が譲渡された(明治33年、36年との説もある)…

佐藤病院の外壁(煉瓦塀) 荒川区西尾久

都電荒川線の小台駅の近く旧小台通りの佐藤病院には煉瓦塀の外壁が残っている。1909年(明治42年)に佐藤医院として創設された。文献[1]によると煉瓦塀は1917年(大正6年)頃に建てられたという。 焼き過ぎ煉瓦を用いて外側を綺麗に仕上げている。 内側から 奥に…

戸越と銀座のゆかり(戸越銀座) 品川区平塚・戸越

品川区の『戸越銀座』誕生70周年を記念して、1995年(平成7年)に商店街の一角に展示された品川白煉瓦の耐火煉煉瓦。 1995年の70年前といえば1925年(大正14年)、その2年前の1923年(大正12年)9月1日に関東大震災が起きる。日本の煉瓦建築は、1872年(明治5年)の…

東京毛織・大井工場跡 品川区大井

JR大井町駅近くの「ホテルルートイン品川大井町」横一帯に東京毛織の煉瓦造り工場の一部の古い煉瓦塀、土台の一部が残る。 煉瓦の刻印がないか再訪したので追加(6/11)。扇の形の刻印。2個の煉瓦で確認。 第一次世界大戦中の1917年(大正6年)に、東京・白金台…