週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

煉瓦刻印

船路橋 港区芝浦

JR田町駅から徒歩12分の芝浦西運河に架かる船路橋。 平行してモノレールが走る 二重円に「電路」の文字とタービンのマークの刻印のある煉瓦が埋め込まれている。内円のタービンのマークは東京市電氣局の徽章。 大正から昭和にかけて、この場所に都電の修理工…

谷中霊園の煉瓦 台東区谷中

谷中霊園に煉瓦を積んだ墓がある。 脇には煉瓦が敷かれている 刻印も見つかる。丸にサ? 丸に「サ」の字の刻印は、神田駿河台の松山堂の蔵の煉瓦でも見つかる。 あとはよくわからない 近くでスクラッチタイルを貼った柱で囲われた墓を見つけた。 天王寺の大…

松山堂の蔵と煉瓦 千代田区神田駿河台

神田淡路町二丁目にあった「松山堂の蔵」の小屋組など既存部材を再利用して復元した蔵が、御茶ノ水ソラシティの脇にある。ギャラリーとして活用されている。 脇に「松山堂の蔵」の記憶を継承する目的で、蔵から切り出した煉瓦壁を展示している。 丸に「サ」…

岩崎邸・三菱社の煉瓦 千代田区神田駿河台

御茶ノ水ソラシティに「岩崎彌之助邸跡」の碑がある。彌之助は三菱財閥の創始者の岩崎彌太郎の弟。1872年(明治5年)、21歳で米国に留学。翌年、父の急逝で兄に懇願され帰国。三菱商会に入社。翌年、後藤象二郎の長女の早苗子と結婚。元後藤の家だった駿河台東…

旧万世橋駅 千代田区外神田

1906年(明治39年)に国有化された甲武鉄道(中央本線)は、1912年(明治45年)に万世橋駅が開業して昌平橋駅の間の320mを延伸(昌平橋駅は廃止)。初代の万世橋駅舎は、辰野金吾の設計で万世橋高架橋と一体的につくられた煉瓦構造物である。中央本線は1919年に東京…

北区立中央図書館 北区十条台

陸上自衛隊十条駐屯地の東に隣接する北区立中央図書館は、1919年(大正8年)に東京砲兵工廠銃包製造所の弾丸鉛身場として建設された煉瓦造平屋の建物(275号棟、通称は赤レンガ倉庫)を、2008年(平成20年)にガラスを取り入れた近代建築と融合した図書館としてリ…

六郷神社と六郷橋 大田区東六郷、仲六郷

六郷水門の帰りは京急の六郷土手駅まで歩いた。 途中で見つけたアンティーク風煉瓦 三和耐火煉瓦? 明知耐火煉瓦? 大阪耐火煉瓦? 昭和耐火? 昭和窯業? 六郷神社 1910年架橋の六郷橋の親柱 旧東海道跡 北野天神 1925年架橋の六郷橋の橋門と親柱 1984年架…

信濃町煉瓦館 新宿区信濃町

信濃町駅前の慶應義塾大学病院の手前に信濃町煉瓦館がある。 小口にハングル文字の刻印が見つかる。建設途中で放置されていた韓国の煉瓦を活用したらしい。 このビルは慶應義塾大学医学部食養研究所の跡地に建てられた慶應病院と第一生命の共同ビル。 慶應病…

二代目横浜駅 横浜市西区高島

横浜に用事があったので、横浜駅から徒歩8分の距離にある二代目横浜駅の基礎等遺構を見学した。1872年(明治5年)に開業した初代横浜駅は1915年(大正4年)に二代目横浜駅の開業により桜木町駅に改名。二代目横浜駅は関東大震災(1923年)で焼失。わずか8年という…

下川煉瓦(馬さん煉化工場) 足立区宮城

「馬さん煉化工場跡」の碑が、あらかわ遊園から隅田川を挟んだ対岸にある。碑には「煉化発祥地」とある。 明治時代のはじめに下川馬次郎が宮城村に煉瓦工場(下川煉瓦)を創設。1877年(明治10年)の第一回内国勧業博覧会に煉瓦を出品して褒状(足立区郷土博物館…

荒川遊園煉瓦塀 荒川区西尾久

東京都で唯一の区営遊園地の「あらかわ遊園」を取り囲むように煉瓦塀が残る。1872年(明治5年)、現在あらかわ遊園がある場所の西部に石神仲衛門が煉瓦工場を設立。1895年(明治28年)、広岡勘兵衛(広岡幾次郎)に経営権が譲渡された(明治33年、36年との説もある)…

佐藤病院の外壁(煉瓦塀) 荒川区西尾久

都電荒川線の小台駅の近く旧小台通りの佐藤病院には煉瓦塀の外壁が残っている。1909年(明治42年)に佐藤医院として創設された。文献[1]によると煉瓦塀は1917年(大正6年)頃に建てられたという。 焼き過ぎ煉瓦を用いて外側を綺麗に仕上げている。 内側から 奥に…

戸越と銀座のゆかり(戸越銀座) 品川区平塚・戸越

品川区の『戸越銀座』誕生70周年を記念して、1995年(平成7年)に商店街の一角に展示された品川白煉瓦の耐火煉煉瓦。 1995年の70年前といえば1925年(大正14年)、その2年前の1923年(大正12年)9月1日に関東大震災が起きる。日本の煉瓦建築は、1872年(明治5年)の…

東京毛織・大井工場跡 品川区大井

JR大井町駅近くの「ホテルルートイン品川大井町」横一帯に東京毛織の煉瓦造り工場の一部の古い煉瓦塀、土台の一部が残る。 煉瓦の刻印がないか再訪したので追加(6/11)。扇の形の刻印。2個の煉瓦で確認。 第一次世界大戦中の1917年(大正6年)に、東京・白金台…