週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

大堤権現塚古墳 山武市松尾町大堤

高谷川低地遺跡見学会の後で山武市の大堤権現塚古墳を訪れた。この日は、鹿嶋市鹿島神宮と宮中野古墳群、横芝光町の高谷川低地遺跡、山武市の大堤権現塚古墳を訪れて、この地域の豊かさが実感できた。

f:id:kofunmeguri:20240218104035j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104039j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104058j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104121j:image

千葉県指定史蹟 大堤権現塚古墳

所在地 大堤四七九番地

指定年月 平成二年三月十六日

大堤権現塚古墳は古墳時代に(今から約1500年前)築造されたもので現在松尾地域に確認されている128基の古墳の一つです。この古墳は、外ぼり、外堤を含めて長さ155メートル、横幅100メートルを測る山武地方最大の 規模を誇る前方後円墳であることから、考古学上、この地方を統治した首長の墳墓であろうといわれています。

昭和三十一年(1956)発掘調査の結果、石棺内から多数の副業品が発見されました。墳丘の前方に位置する箱旅神社の祭神は彦火火出見尊で、往古日本尊御東征の折この地 に物見を築き、これを目標として航海の便を図ったことから、ここに一社を創建したと伝えられています。宗教法人令による以前、明治十年(1877)村社に列せられ、同四十一年幣帛供推指定神社に昇格。

平成天皇即位 県指定史蹟記念建立 平成二年十一月十二日

f:id:kofunmeguri:20240218104054j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104129j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104109j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104125j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104043j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104114j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104051j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104102j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104133j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104117j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104047j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104106j:image

後円部から墳丘上の登る
f:id:kofunmeguri:20240218105734j:image

後円部墳頂
f:id:kofunmeguri:20240218104214j:image

後円部墳頂からくばれ部、前方部までは見通せない
f:id:kofunmeguri:20240218104347j:image

後円部東側に埋葬部(前室・奥室の複室構造)
f:id:kofunmeguri:20240218104656j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104700j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104704j:image
f:id:kofunmeguri:20240218104652j:image

奥壁側から
f:id:kofunmeguri:20240218104648j:image

くびれ部の墳丘上から前方部
f:id:kofunmeguri:20240218105000j:image
f:id:kofunmeguri:20240218105124j:image

前方部墳頂
f:id:kofunmeguri:20240218105120j:image

前方部墳頂から神社
f:id:kofunmeguri:20240218105222j:image

前方部墳頂からくびら部
f:id:kofunmeguri:20240218105309j:image

古墳の西側に説明板
f:id:kofunmeguri:20240218105414j:image

前方部墳頂の西側から降りる
f:id:kofunmeguri:20240218105654j:image
f:id:kofunmeguri:20240218105638j:image
f:id:kofunmeguri:20240218105642j:image
f:id:kofunmeguri:20240218105646j:image
f:id:kofunmeguri:20240218105650j:image
f:id:kofunmeguri:20240218105658j:image

説明板
f:id:kofunmeguri:20240218105421j:image
f:id:kofunmeguri:20240218105417j:image

千葉県指定史跡 大堤権現塚古墳

山武市松尾町大堤字宮前

指定年月日 平成2年3月16日

大堤権現塚古墳が所在する地区には本古墳以外に前方後円墳1基、円墳7基(調査後2基消滅)で合計9基の古墳で群を構成し大堤古墳群として周知されています。本古墳は山武郡域では最大級の前方後円墳です。立地は太平洋に注ぐ木戸川流域の左岸台地上、九十九里平野と境を接する位置に古墳は占地しています。

古墳の大きさは、墳丘長115m、後円部径 55〜60mで高さ12m、前方部最大幅53m、高さ10m、括れ部の幅45〜47mを測り、前方部幅に比して後円部径が大きい形状を呈することや前方部の向きが南方向に向いていることが特徴とされます。本古墳の調査は過去に3回行われました。昭和31年に埋葬部を中心とした調査によって前室・奥室の複室構造をもち、長さ9m程のものと判明しました。さらに、奥室の北側壁に接して石棺を設けた特異な横穴式石室です。副葬品には頭椎大刀・圭頭大刀をはじめ、翡翠製勾玉、水晶製勾玉、ガラス玉、小玉など多数の玉類が出土しました。平成3年〜4年にかけて2回の古墳の範囲確認調査が実施され、周溝が墳丘の周りを3重にめぐることが判明しました。千葉県内では初めての発見となり注目されています。この3重の周溝を含めた総全長は174mを測り、県内においては有数な前方後円墳です。

平成19年3月1日 千葉県教育委員会 山武市教育委員会

文献

[1] 財団法人山武郡文化財センター 1993 『財団法人山武郡文化財センター発掘調査報告書13:千葉県松尾町大堤権現塚古墳』松尾町教育委員会 

にほんブログ村 歴史ブログ 考古学・原始・古墳時代へ
にほんブログ村