利根川右岸(南岸)の古墳巡りの〆に中川低地の河畔砂丘群の桑崎砂丘を訪れた。
(記念物 天然記念物 埼文指第556号 平成29年3月24日)
利根川の旧河道沿い(中川低地を含む)には、 川が運んだ榛名山・浅間山の噴火による噴出物などの土砂がたまったのち、それらが平安〜室町時代の寒冷期の強い季節風によって吹き溜められ、砂丘が形成されました。
桑崎砂丘は、羽生市から越谷市にかけて点々と分布する中川低地の河畔砂丘群の中では、最上流部の位置にあります。
指定地にある桑崎三神社は、長さ450m、幅50mの砂丘上にあり、本殿の北側では砂丘の高まりを観察することができます。
この桑崎砂丘を含む内陸性の砂丘群は、地質学的研究により形成のメカニズムが明らかである例として希少であり、学術的価値が高いものです。
桑崎三神社
桑崎三神社改築記念の碑
桑崎三神社沿革
桑崎地区は利根川がこの場所の西側を流れていた頃の、今から約450年位前には、地域
として集落が出来ていた所です。
かつて利根川だった頃に上流から運ばれた大量の土砂の堆積した所に、桑崎三神社が奉られて、居ります。八幡社、天神社、稲荷社の三社を総じて三神社と申します。
八幡社は、1572年に忍城と羽生城が岩瀬河原の合戦において、羽生城が戦勝した記念 に配られた古社と言われて居ります。三神社には元旦と十五夜(旧暦八月十五日)に羽生市の無形民俗文化財に、指定されている獅子舞を奉納しております。
三神社の社殿が百十五年余りを経て老朽化の一途なので、桑崎区民の皆様をはじめ、多くの郷土を愛する方々のご協力とご支援を頂き、建設委員会を発足致し、平成十七年、十八年、十九年と三ヶ年間の寄付を頂き、三神社と鳥居等の付帯工事が落成の運びと成りました。
指定文化財 獅子舞(桑崎地区)
親獅子、中獅子、後獅子の3頭で構成されます。期日は、1月1日の元旦と旧暦の8月15日に近い日曜日の十五夜祭に行われます。十五夜祭では、3回に分けて「〆」「花」「弓」の3曲を舞いいます。笛、獅子、棒、花笠の役の人たちが列をつくり境内を周回した後所定の位置につき、棒術に続いて獅子舞が奉納されます。その前日には前夜祭が行われ、鳥居の外で舞います。
獅子頭などの道具は、獅子宿に保管してあり、使用するときはそのつど借用に伺うという形態をとっています。この方法は市内ではここだけのものです。
由来は、利根川が大水で決壊したとき、獅子頭が流れ着いたのが起こりであるとの伝承があります。現在この貴重な文化財を後世に伝えるため、子供たちへのに伝承に努めています。
歩くと砂を感じることができる。
埼玉県(1993年)『中川水系Ⅰ総論・II 自然 中川水系総合調査報告書1』