週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

古墳

酒巻古墳群 (その1) 行田市酒巻

利根川右岸(南岸)の田んぼの下に保存されている酒巻古墳群を探索。 酒巻古墳群 酒巻(さかまき)古墳群は、利根川右岸のここ行田市酒巻地区に、今から1400〜1500年前の6世紀初頭〜7世紀前半頃(古墳時代後期)に築かれた古墳群です。これまでに前方後円墳3基、帆…

斎条1号墳(剣神社古墳) 行田市斎条

何日か前の「観光物産館さきたまテラス」の続き。さきたま古墳公園をあとにして、行田市の北部、利根川右岸(南岸)の古墳を探索。 斎条1号墳(剣神社古墳)、円墳、径40m、埴輪、墳頂に剣神社、文献[1] ぎょうだ歴史系譜 100話 - 行田市/行田の神々⑳ 剣神社(斎…

将軍山古墳 (再訪) 行田市埼玉

将軍山古墳と将軍山古墳展示館を再訪。 将軍山古墳 全長90mの前方後円墳です。明治27年(1894年)に横穴式石室が発掘され、多数の副葬品が出土しました。この石室には、千葉県富津市付近で産出する「房州石」が用いられており、古墳時代の関東地方における地域…

天王山古墳、ボッチ山、他 行田市埼玉

天王山古墳(埼玉1号墳)跡と円柱の標識(埼玉7号墳?)を再訪。ボッチ山の跡地を探索した。 天王山古墳(埼玉1号墳)の跡地? 円柱の標識(埼玉7号墳?) ボッチ山の跡地? 二子塚の前方部の先に「将軍塚/稲荷山/ボッチ山」「入口」と刻まれた石標がある。 (右側) …

瓦塚古墳 (再訪) 行田市埼玉

瓦塚古墳を再訪。 外堀・中堤・内堀 造出し・内堀・中堤・外堀・ブリッジ 瓦塚古墳 全長73mの前方後円墳です。他の前方後円墳と同じく周囲には長方形の堀が二重に巡り、墳丘のくびれ部には道出しと呼ばれる張り出しがあります。また、造出し正面の外堀には、…

中の山古墳 (再訪) 行田市渡柳

中の山古墳を再訪。 中の山古墳 墳丘全長推定79m、6世紀末から7世紀初頭の前方後円墳で、埼玉古墳群で造られた最後の前方後円墳です。発掘調査の範囲が限られているため、墳丘の規模や埋葬施設、周堀の範囲などが定かではありませんが、二重の周堀が巡り、南…

鉄砲山古墳 (再訪) 行田市埼玉

鉄砲山古墳を再訪。 鉄砲山古墳 墳丘全長107.6m、横穴式石室をもつ6世紀後半の前方後円墳で、埼玉古墳群では3番目の規模を誇ります。古墳の名前は、江戸時代に忍藩が砲術訓練場(角場)として墳丘を利用していたことに由来しています。 墳丘は二段築成で、中段…

奥の山古墳 (再訪) 行田市渡柳

奥の山古墳を再訪。 奥の山古墳 - 埼玉県立さきたま史跡の博物館 奥の山古墳の前方部の先のエリアが拡張工事中 ヤブツバキ ヤブツバキ 河の辺の つらつら椿 つらつらに 見れども飽かず 巨勢の春野は 春日蔵首老(巻①五六) にほんブログ村

二子山古墳 (再訪) 行田市埼玉

二子山古墳を再訪。墳頂の盗掘坑を塞ぐ土嚢は見えなくなった。処置済み? 二子山古墳 全長138mの前方後円墳です。かつての「武蔵国」(埼玉県、東京都、神奈川県の一部にあたる)で最大の古墳です。 周囲には、長方形の堀が中堤をはさんで二重に巡り、墳丘くび…

浅間塚古墳 (再訪) 行田市埼玉

浅間塚古墳を再訪(4回目の訪問)。毎回、見逃してしまう若王子古墳の石室の石材を使用したという忠魂碑をやっと見学した。 前玉神社の石鳥居/行田市 浅間神社 前玉神社 行田市指定文化財 石燈籠 昭和42年3月10日指定 この石段の登り口にある高さ2m、2基一対…

愛宕山古墳発掘調査見学会 (2/10) 行田市埼玉

2月10日に開催された埼玉(さきたま)古墳群の愛宕山古墳の発掘調査の現地説明会に参加した。写真撮影は個人利用に限りOKでSNSへの投稿は禁止とのことなので、差し障りのなさそうな写真に限定する。 愛宕山古墳 全長53m、埼玉古墳群の中でもっとも小さな前方後…

古凍古墳群(No.156古墳、東町1号墳) 東松山市古凍

古凍古墳群の続き。 古凍19号墳(東町1号墳)、円墳、径15.5m、文献[1][2] 古凍30号墳(No.156古墳)、円墳、径10m、文献[1] 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 比企・秩父」さきたま出版会 にほんブ…

古凍古墳群(かんべ塚古墳、No.333古墳) 東松山市古凍

古凍古墳群の続き。 古凍25号墳(No.333古墳)、円墳、規模不明、文献[1] 古凍26号墳(かんべ塚古墳)、円墳、規模不明、文献[1] 土器片?埴輪? 辻切り? 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 [2] 塩野博 2004「埼玉の古墳 比企・…

古凍古墳群(根岸裏12号墳、 No.144,146古墳、山下9号墳) 東松山市古凍

古凍古墳群の続き。 古凍12号墳(根岸裏12号墳、亀塚古墳、亀ノ甲塚)、円墳、規模不明、周堀確認、文献[1] 古凍16号墳(No.146古墳)、円墳、径11.4m、文献[1] 古凍17号墳(山下9号墳)、円墳、規模不明、文献[1] 古凍18号墳(No.144古墳)、円墳、規模不明、文献[1…

古凍古墳群(根岸裏4,14,15号墳) 東松山市古凍

根岸稲荷神社古墳の次に古凍古墳群を探索。古凍古墳群は、松山台地が南に大きく突き出し、西に都幾(とき)川、東に市野(いちの)川をのぞむ舌状台地に所在する古墳群で、12基が現存する(文献[4])。 古凍4号墳(根岸裏4号墳)、円墳、31m、土師器・埴輪、周堀確認…

根岸稲荷神社古墳 (再訪) 東松山市古凍

根岸稲荷神社古墳(古凍20号墳)を再訪。前回は前方部の方角を把握していなかったので、今回は、前方部を意識して観察したが、なかなか難しい。 吉祥寺 八幡宮 根岸稲荷神社古墳 富士山 土器片?埴輪片? 東松山市「根岸稲荷神社古墳」。現状は20mの方墳。短い…

特別展「鹿嶋の古墳を歩く」 ミニ博物館ココシカ

茨城県鹿嶋市の鹿島神宮の大鳥居のすぐ近くのミニ博物館ココシカにて開催中の特別展「鹿嶋の古墳を歩く」が2月25日までということで、急遽、訪れた。どきどきセンター所蔵の遺物を展示。 ミニ博物館ココシカ 鹿嶋の古墳を歩く : ココシカ日記~茨城県鹿嶋市…

山王1号墳 川島町正直

川島町正直の日枝神社の社殿裏に山王1号墳(円墳、規模不明、自然堤防・神社境内、文献[2])がある。川島町正直は、市野川と都幾川の間の低地に位置する水田地帯。自然堤防上に集落が存在。正直は雑色(ぞうしき)の当て字で、地名は雑色(律令制の下級役人)が居…

吹塚古墳 川島町吹塚

桶川市の原山古墳群の次に川島町の吹塚古墳を訪れた。吹塚古墳は、氷川神社の境内にあり、墳頂に祠を祀る。文献[1]によると「吹塚古墳(御嶽山古墳)、方墳、一辺35m、自然堤防・畑・神社境内」 富士山 JA埼玉中央 川島農産物直売所 文献 [1] 埼玉県教育委員…

原山古墳群 (その5) 桶川市川田谷

原山古墳群の続き。 原山9号墳、円墳(径35m、埴輪、主体部不明、文献[1]) 2022年に桶川市歴史民俗資料館で開催された企画展示「川田谷古墳群と栗原司氏の足跡」の資料に加筆。 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 にほんブログ…

原山古墳群 (その4) 桶川市川田谷

原山古墳群の続き。 原山7号墳、円墳(径11m、主体部不明、文献[1]) 原山8号墳、円墳(径61m、主体部不明、文献[1]) 原山6号墳、円墳(径12m、主体部不明、文献[1]) 2022年に桶川市歴史民俗資料館で開催された企画展示「川田谷古墳群と栗原司氏の足跡」の資料に…

原山古墳群 (その3) 桶川市川田谷

原山古墳群の続き。 原山5号墳、円墳(径30m、埴輪、石材露出(横穴式石室)、文献[1]) 2022年に桶川市歴史民俗資料館で開催された企画展示「川田谷古墳群と栗原司氏の足跡」の資料に加筆。 文献 [1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書」 に…

原山古墳群 (その2) 桶川市川田谷

原山古墳群の続き。 原山2号墳(左)、4号墳(右) 原山2号墳、円墳(径14m、横穴式石室、文献[1]) 原山4号墳、円墳(径13m、石材露出(横穴式石室)、文献[1]) 原山1号墳、円墳(径13m、横穴式石室、文献[1]) 原山3号墳、円墳(径13m、横穴式石室、文献[1]) 2022年に…

原山古墳群 (その1) 桶川市川田谷

権現遺跡・二ノ耕地遺跡見学会の前に桶川市川田谷の原山古墳群を探索した。 原山古墳群は、荒川を西側に見下ろす川田谷(かわたや)の台地上に群集する川田谷古墳群の一部で、川田谷古墳群は、6世紀から7世紀にかけて築かれ、かつては70基以上の古墳があったと…

「来て、見て、知って!昔のくらし」展 北区飛鳥山博物館

北区飛鳥山博物館で開催中の小学3年生対応展示「来て、見て、知って!昔のくらし」展を鑑賞した。博物館が収集してきた資料のうち、大正・昭和と北区地域に暮らしてきた人々が使用したさまざまな生活用具を約70点と地図、写真などを展示。 令和5年度 小学3年…

飛鳥山1号墳 (再訪⑤) 北区王子

年の瀬に飛鳥山1号墳を再訪した。 飛鳥山公園の古墳 飛鳥山1号墳 古墳時代後期の直径31mの円墳。平成元年の調査で周囲には幅 3.8mの周溝が廻ることが確認された。また、平成5年の埋葬施設の調査で、切石を使用した横穴式石室が確認されている。石室は玄室の…

狐塚古墳 かすみがうら市下志筑

大塚古墳群の狐塚古墳は、現在、墳丘の一部を残すのみで、古墳の形状をとどめておらず、墳形や規模についても不明。埴輪の出土が伝えられているが、所在は不明。市指定史跡。 狐塚古墳 | かすみがうら市公式ホームページ にほんブログ村

大塚古墳 かすみがうら市下志筑

少し前になるが、石岡市立ふるさと歴史館の企画展を鑑賞したときに、かすみがうら市の大塚古墳と狐塚古墳で墳活。 大塚古墳は、県最大の100基程の古墳で構成される大塚古墳群の中心的な古墳で、古墳群の中央に位置する。径37m、高さ3.8m、周堀の幅10mの円墳…

上赤塚古墳群 千葉市緑区おゆみ野中央

「おゆみ野の森」には上赤塚貝塚だけでなく上赤塚古墳群の2号墳から7号墳が分布する。上赤塚古墳群の1号墳は、径約31mの円墳で、1990(昭和55)年度に実施した千葉東南部地区土地区画整理事業に伴う記録保存の発掘調査で、2基の主体部と、主体部内より石枕・立…

古代のみやしろ-古墳時代の宮代町- 宮代町郷土資料館

宮代町郷土資料館で、特別展「古代のみやしろ-古墳時代の宮代町-」を鑑賞した。宮代町郷土資料館は今年で開館30周年の節目を迎え、特別展では「古代のみやしろ」と題し、今からおよそ1700年前の古墳時代の宮代町に注目。町外・県外から埴輪や渡来系の土器な…