昨年10月のシンポジウムで紹介されていた旧盛徳寺礎石が保存されている盛徳寺を訪れた。
盛徳寺



盛德寺(じょうとくじ)
所在地 行田市埼玉
盛徳寺は、埼玉山若王院盛徳寺(さきたまざんにゃくおういんじょうとくし)と称し、本尊は薬師如来である。
縁起によれば、大同年間(806〜810)の創建と伝えられ、保元二年(1157)に小松内府の心願により再建された。その後しばしば兵火にあい、天文年間(1532〜1555)に再建されたものが最近まで残されていたが、老朽化したので現在の本堂を建立したのである。
境内には、円形の造り出しをもった奈良時代特有の礎石が数個現存しているが、当時の原位置とは異なっている。また、寺内には古瓦が多数残されているが、奈良時代末から平安時代初期頃のものはわずかで、ほとんどが平安時代中期から末期のものである。これまでの調査では礎石・瓦などから寺の縁起にいう大同年間創建を裏付けるものといわれている。
本寺は埼玉県県名発祥寺院で、県内でも最古の寺と思われ、この周辺には万葉集でよまれた小埼沼(おさきぬま)や埼玉古墳群があり、往時 、この地方の中心地であったことを思わせるものがある。
旧盛徳寺礎石





行田市指定文化財 旧盛德寺礎石(きゅうじょうとくじそせき)
昭和30年8月8日指定
埼玉山若王院盛徳寺(さいたまざんじゃくおういんじょうとくじ)は、縁起で大同年間(806〜810)の創建と伝えられている古刹です。
境内とその周辺からは、奈良時代末〜平安時代初期のものと思われる古瓦が出土・採集されており、行田市内で最古の寺院ではないかと考えられています。
盛徳寺の境内と西方約1kmに位置する前玉神社の境内には、かつての盛徳寺の建物の礎石と思われる礎石25個が現存しています。玄武岩を加工し、円形造り出しを刻み出して柱座とした礎石で、柱座の大きさは、直径33.3~66.7cmとまちまちですが、大型の建物が存在していたことが伺えます。
かつての盛徳寺は、東西160メートル、南北136メートルの寺域を持つ大きな寺院であったと推測されており、本堂などの建物も大規模なものであったのではないかと思われます。残念ながら一部が現在の盛徳寺の山門、観音堂等に再利用されるなど、礎石は全て旧位置から移動されており、元の建物の位置や規模は不明です。また、その多くが焼損していることから、建物が炎上したと推測されます。
これらの礎石はいずれも奈良時代後期〜平安時代初期のものと思われ、出土・採集された古瓦と共に、大同年間創建の縁起を裏付けるものと考えられています。
平成28年3月 行田市教育委員会