週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

武者塚古墳石室公開(11/17) 土浦市上坂田

上高津貝塚ふるさと歴史の広場の土浦市立考古資料館で開催中の企画展「常陸の玉作り 重要文化財武者塚古墳出土品同時公開」の記念行事として実施された武者塚古墳石室公開に参加した。武者塚古墳(むしゃづかこふん)は古墳時代終末期(7世紀)の古墳で、1983年の調査で耕作地の下から石室が見つかった。石室は未盗掘で、貴重な副葬品と人骨と、美豆良(みずら)に結った頭髪が見つかったことで注目を集めた。古墳は調査時に墳丘はなく平らな状態で、もともとあまり高い墳丘は造られず、墳形は径23mの円墳と推定されている。石室は地下に造られ、前室の蓋石を外して追葬が行われた。玄室内から6人分の人骨が確認された。成人5人と幼児1人。頭髪と髭が残存と聞いて国立科学博物館のミイラ展のミイラを連想したが、遺骨はかなり断片的とのこと。

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石室はこの覆屋の中に保存されている。
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普段は金網越しに窓から石室が見える。
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古墳と石室と出土品の説明を聞いた後に覆屋の中に入った。前室の2枚の蓋石は外され、玄室は2枚の天井石で覆われている。石材は筑波山の麓で産出する片岩。片岩の板石を組み合わせて石室をつくっている。
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外された2枚の蓋石
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中を覗く。手前が前室、奥が玄室。
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武者塚2号墳から出土した箱形石棺が屋外に展示されている。
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武者塚古墳は桜川左岸の台地上にある。台地の下は田んぼが広がる。
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コスモス(秋桜)が綺麗に咲いていた。
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茨城県武者塚古墳出土品 – 茨城県教育委員会

武者塚古墳出土品と(石室)展示施設 | 土浦市公式ホームページ

茨城県武者塚古墳出土品(国指定) | 土浦市公式ホームページ

文献

[1] 武者塚古墳調査団 1986 『武者塚古墳・同2号墳・武具八幡古墳の調査新治村教育委員会

[2] 東京新聞編集局 1993「古墳を歩く」

[3] 茨城県考古学協会 2010「茨城の考古学散歩」東冷書房

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