週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

坂田塙台古墳群 土浦市上坂田

武者塚古墳の南西の台地の縁に分布する坂田塙台古墳群。いばらきデジタルマップでは、前方後円墳1基、円墳12基、不明2基。武者塚古墳石室公開を見学後に顔馴染みの面々とまわった。

坂田塙台8号墳。円墳。径約30m。2重周溝をもつ。

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坂田塙台6号墳(右)と坂田塙台5号墳(左)

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坂田塙台6号墳。円墳(?) 文献[2]によれば「現状の墳丘は東西方向に長い楕円形を皇し,東西の最大径が約 16m, 南北の最大径が約3m」「古墳としての認定に課題がある」

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坂田塙台5号墳。円墳(?) 文献[2]によれば「最大径が約15mの不整円形を呈する古墳」「古墳の可能性が高い」

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坂田塙台3号墳。円墳(?) 文献[2]によれば「東西の最大径 13.8m, 南北の最大径が11.1mの不整円形を呈する古墳」「古墳の可能性が高い」

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坂田塙台4号墳。円墳(?) 文献[2]によれば「残存する墳丘は楕円形を呈し」「東西の最大径が約12m, 南北の最大径が約8m」「古墳としての認定に課題がある」

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坂田塙台2号墳(武具八幡古墳)。円墳。径約15m。江戸時代末期に古墳時代中期の鉄製甲胃がまとまって出土したことで知られる。墳頂の「武具八幡」と文字の刻まれた石碑が名前の由来とのことだが石碑は見当たらなかった。

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坂田塙台1号墳。円墳(?)

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坂田塙台9号墳。円墳(?)

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坂田塙台10号墳。円墳(?)

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坂田塙台11号墳。前方後円墳。全長約28m。採取された埴輪から6世紀前葉ないし中葉の築造。手前の後円部の墳頂から奥が前方部。

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左が後円部、右が前方部。
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武具八幡古墳-坂田塙台1号墳-3号墳-5号墳-6号墳-7号墳【茨城県土浦市】 - ぺんの古墳探訪記

趣味の案件 土浦市坂田塙台古墳群(前編)

文献

[1] 勾玉工房Mogi 2013 『下坂田塙台遺跡・坂田塙台古墳群』土浦市教育委員会

[2] 滝沢誠 2016「土浦市武具八幡古墳の発掘調査」『筑波大学先史学・考古学研』第27号

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