週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

伊興遺跡公園 (再訪) 足立区東伊興

足立区の伊興遺跡公園を再訪。お目当ては、2022年10月に足立区で31年ぶりに出土した埴輪だったが展示替え中とのことで一部しか展示されていなかった。残念。

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伊興遺跡

伊興遺跡は、当公園ととなり合う氷川神社を北限とし、南へ660m・東西690mの広がりをもつ、都内でも屈指の古墳時代遺跡である。以前から多数の遺物が出土していることから、地元の人々や一部の考古学研究者の間では知られていたが、昭和30年代に入り、国学院大学の故大場磐雄教授が学界へ紹介したことにより、世に知られることになった。大場教授は郷土史家の故西垣隆雄氏の収集品の中から、他ではあまり出土例のない子持勾玉と古式須恵器を発見し、古代祭祀との強い関連を考える立場から、伊興遺跡を祭祀遺跡として全国的に紹介した。その後、数回の調査が行われたが、広い遺跡範囲にくらべ小規模な調査であったため、遺跡全体のすがたを明らかにするまでに至らなかった。

平成に入り、大規模な調査が公園地内で行われた。調査の結果、多くの住居址があったことを推定させる溝跡やピット(小穴)、方形周溝墓、祭祀に用いられたらしいおびただしい土師器、石製品、玉類、須恵器などが発見された。この地点は、伊興遺跡でもその中心部にあたる。出土品や確認される遺構が増えるにつれて、祭祀遺跡ばかりではなく、古墳時代における毛長川流域の政治、経済の中心地的な役割を果たした遺跡であったことも考えられるようになった。

方形周溝墓
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方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)

古墳の前身をなす弥生時代に出現した墓である。周囲を溝で区切りなだらかな墳墓もあったとされている。稲作農耕の発展に伴いムラムラで力をつけた有力者の墓であり、数体の遺体を埋めた場合もあった。やがてムラムラは統合されて国になり、強大な権力のもとに古墳が造られるようになった。しかし、方形周溝墓そのものは古墳時代になっても造り続けられた。有力者の間でも階級差が発生し、古墳を造りだすことのできない地位の低い有力者の墓と考えられている。遺跡公園で見つかった方形周溝墓もこの頃造られた。

伊興遺跡公園展示館
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文献

  1. 上野未来 2023「はい!文化財係です。Vol.39 足立区に31年ぶりに埴輪が出土しました」『足立史談』668号
  2. 上野未来 2024「はい!文化財係です。Vol.42 伊興遺跡公園内の方形周溝墓」『足立史談』674号

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