週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

七天王塚 千葉市中央区亥鼻

千葉大学亥鼻キャンパス内に5基、キャンパス南の道路脇に2基、合わせて7基の塚は牛頭天王を祀り、七天王塚と呼ばれる。七天王塚を含む亥鼻城跡は千葉市の史跡に指定されている。七天王塚の中心から古墳が発見されていることから七天王塚も古墳の可能性もある。

千葉大学医薬系総合研究棟Iの南の道路脇にある1基。

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千葉大学亥鼻イノベーションプラザの南の道路脇にある1基。

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千葉大学亥鼻イノベーションプラザの東側にある1基。

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千葉大学亥鼻イノベーションプラザの北側の駐車場にある1基。

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千葉大学亥鼻地区体育館の西側にある1基。

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千葉大学亥鼻地区体育館の北側にある1基。

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千葉大学医薬系総合研究棟Iの西側にある1基。

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千葉氏の居城の亥鼻城跡は千葉市立郷土博物館になっている。

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千葉常胤生誕900年記念特別展「千葉常胤と鎌倉幕府の成立―東国武士と武家政権―」を開催中で、ちょうどギャラリートークが始まるところだったので参加した。鎌倉幕府成立期の武家の棟梁の源平と在地領主について説明していただいた。源頼朝を支えた千葉常胤は平将門の血を引く平氏と知った(平良文の息子、平忠頼の妻は、平将門次女)。それで七天王塚に将門伝説が伝わることに合点した。千葉氏の祖の平良文は、天慶の乱で甥の将門をかばい挙兵。敵兵に囲まれて窮地に陥ったとき、妙見菩薩童子の姿をとり出現、良文を導き戦に勝利したと伝わる。このため千葉氏は妙見(北辰)を信仰する。北辰は北極星で、しばしば北斗七星と混同される。なお、『将門記』には良文に関する記述は無く承平天慶の乱の際の詳しい動向は不明。

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千葉市:猪鼻城跡(含七天王塚)(市指定文化財)

千葉市:千葉市立郷土博物館_トップページ

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