移設保存
東名高速道路の建設に伴い消滅した三ノ宮3号墳の横穴式石室が相模国三之宮 比々多神社の境内に移設保存されている。円墳。1964年に明治大学が発掘調査。馬具(金銅製責金具、雲珠、轡など)、鉄製三角穂鉾、直刀、刀子、鉄鏃、玉類、須恵器等が出土した。野積…
高崎市立多胡碑記念館の前に移築された片山1号墳。上毛古墳総覧の吉井町65号墳。吉井町片山から竹割形木棺を粘土で覆った粘土槨(8.8m)を移築。円墳。径32.6m。ニ段築成。墳丘や周堀から埴輪(円筒、家形)が出土。4世紀末から5世紀初頭の築造。木棺の中からは…
吉井町神保から高崎市立多胡碑記念館の前に一部移築・復元された南高原1号墳。上毛古墳総覧の多胡村115号墳。円墳。径17m。低い基壇を有する二段築成。墳丘表面に葺石が残る。南側に横穴式石室が開口。 南に開口する横穴式石室の石材は、多胡碑と同じ、地元…
千葉県立房総のむらの房総風土記の丘資料館の前に移設された瓢塚(ひさごつか)41号墳の石室。瓢塚古墳41号墳は成田ニュータウン内にあり、1970年に発掘調査が行われた。墳丘は開墾で削平されていた。調査の結果、東西17.2m、南北20mの方墳と判明。雲母片岩(筑…
國學院大学博物館の前庭に千葉県佐倉市大篠塚の大篠塚2号墳から出土した箱型石棺がありました。緑泥片岩の板石を組み合わせたもの。文献[2]によれば「常総型古墳」とは「常総型古墳は墳丘中央から外れた低い位置に埋葬施設があること,埋葬施設が箱式石棺で…
都立小金井公園内にある江戸東京たてもの園には、あきる野市の瀬戸岡古墳群の32号墳(旧1号墳)の石室が移築されています。また、世田谷区の多摩川古墳群の8号墳(旧9号墳)の石室のレプリカも展示されています。 ビジターセンター(旧光華殿) 1940年に皇居前広場…
多摩丘陵の南端。 早渕川の右岸に東西にのびる赤田谷戸に所在する赤田古墳群。1985年から1988年の調査で4基の円墳と42基の横穴墓群が発掘された。このうち赤田2号墳が慶應義塾横浜初等部の隣の赤田西公園に移設された。赤田2号墳がもともとあったのは赤田西…
2001年の区画整理に伴う四軒在家遺跡の調査で、10基の円墳が発掘された。これらは青柳古墳群に属し、7世紀前半に築造。墳丘は失われていたが周溝と河原石積横穴式石室と副葬品が見つかった。石室の残りの良い1号墳の石室を四軒在家公園に移設保存している。 …
秦野市の中央部を流れる水無川の中流域に位置し、35基の円墳が確認されている。全て円墳で7世紀後半の築造。桜土手古墳公園に6基が保存されている。また、1基の復元古墳がある。展示館に多くの出土品、模型、写真が展示されている。隣接する日産車体の敷地に…
北区赤羽台4丁目の赤羽台古墳群は、武蔵野台地の東北端の舌状台地に位置し、北は荒川低地をはさんで大宮台地を、東は東京低地をはさんで下総台地を望む海抜20mほどの台地に、古墳時代後期の6世紀後半から7世紀前半に造られた群集墳。古くから古墳1基(1号墳、…