週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

カロウト山古墳石棺 前橋市三河町

2週間ぶりに朝倉・広瀬古墳群で墳活。

前橋市立中川小学校の校庭に移設保存されているカロウト山古墳石棺。カロウト山古墳石は、文献[1]の前橋市1580 [現状:✖️、墳形:帆立貝式、(120尺)]

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前橋市指定重要文化財 カロウト山古墳石棺

指定年月日 昭和39年12月22日

所在地 前橋市三河町二丁目1-3 中川小学校内

明治時代の始め頃まで、高田町高台732(現文京町2丁目14番地地内)にあった古墳から出土した遺骸を納めるための石製の棺である。本来は、蓋と身で一対になるもので、現存するのは身の部分のみである。

この石棺か出土した古墳は、昭和10年調査の『上毛古墳綜覧』に、前橋市第三号「唐櫃(カロフロ)山」古墳と記載され、面積898m²(9.06畝)、長さ39m(120尺)、高さ3m(10尺)ほどの帆立貝式の前方後円墳と記されている。

石棺は早くから古墳上に露出し、明治末年に土取りの目的で古墳が壊され、その際に教育的な配慮で、現在の所在地である中川小学校校庭に移された。

凝灰岩製で、全体に風化し、表面の荒れが著しい。旧状を残している部分は極めて少ない。外形は角の取れた直方体で、一隅は大きく後世の改変を受けている。上辺部は原形をほとんど残していない。全長2.09m、巾0.98m、高さ0.72mで、長辺側の上部に2個一対づつ4個のやや矩形の縄架け突起が認められる。内法は、全長1.62m、巾0.42〜0.4m、深さ0.3mで、成人の人体が納まるギリギリの規模で、巾は前後てわずかに違いがある。内側の壁の底辺寄りに、当初の壁面が一部残っており、底面から垂直に立ち上がる。

この石棺は、従来家形石棺として紹介されてきているが、近年、舟形石棺とする解釈もあり、今後の更なる検討の余地を残している。

前橋市教育委員会

文献

  1. 群馬県教育委員会 2018「群馬県古墳総覧2017(第2版)」

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