週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

吉田古墳 水戸市元吉田

5月に茨城県立歴史館の企画展「ビフォー・アフター三昧塚古墳」を鑑賞した際、茨城県立歴史館の前に吉田古墳を訪れた。吉田古墳は、横穴式石室奥壁に釵・刀子・鉾等武具を主体とした線刻装飾をもつ終末期古墳で、墳形は方墳とも円墳ともいわれていたが、近年の調査により、多角形墳と判明(いびつな八角形墳と推定)した。横穴式石室は、凝灰岩質砂岩を用いた切石積み、無袖型、玄室平面形は長方形、奥壁は台形、側壁が内傾し、奥壁1枚、両側壁各3枚で構築され、天井石は3枚遣存、南に開口する。1914年(大正3年)の発掘で、金環、鉄鏃、直刀、勾玉等が検出されている。2005年度(平成17年度)より4ヶ年、水戸市が主体で史跡整備のための範囲確認調査が実施された。(文献[2],[3],[4])

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常陽銀行吉田支店
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マンホールの蓋
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吉田古墳 | 水戸市ホームページ

吉田古墳|茨城県教育委員会

水戸市吉田古墳保存管理計画(案)及び水戸市台渡里官衙遺跡群保存管理計画(案)について 取りまとめ中 | 水戸市ホームページ

過去の発掘調査現地説明会資料を公開しています | 水戸市ホームページ

 平成22年度吉田古墳第1号墳第6次調査現地説明会資料(年11月実施)

郷土いいとこ再発見

文献

[1] 日下八光 1998「東国の装飾古墳」雄山閣出版

[2] 水戸市教育委員会 2006 『水戸市埋蔵文化財調査報告6:吉田古墳I 水戸市教育委員会

[3] 水戸市教育委員会 2007 『水戸市埋蔵文化財調査報告10:吉田古墳II水戸市教育委員会 (pdf)

[4] 水戸市教育委員会 2009 『水戸市埋蔵文化財調査報告23:吉田古墳III水戸市教育委員会 (pdf)

[5] 熊本県立装飾古墳館 2009 『全国の装飾古墳8:茨城県の装飾古墳熊本県立装飾古墳館

[6] 茨城県考古学協会 2010「茨城の考古学散歩」東冷書房

後日、水戸市埋蔵文化財センターで吉田古墳石室線刻壁画の1/1サイズのレプリカと吉田古墳出土の銀環を見学した。
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