週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

綿貫観音山古墳 高崎市綿貫町観音山

東国の正倉院といわれるほどの貴重な出土品のあった綿貫観音山古墳。二段築成の前方後円墳。全長97m。後円部に横穴式石室。6世紀後半の築造。二重の周溝。井野川下流域で最後の前方後円墳。1967,1968年に発掘調査が実施され、未盗掘の横穴式石室から人骨1体と、銅鏡2面、銅製水瓶(すいびょう)、甲冑、大刀、金銅製馬具など豊富な副葬品がほぼ当時のまま出土。その多くは当時の工芸技術の到達点を示し、国際色豊かな品が多く含まれる。三累環頭大刀や異形冑、馬具の一部は朝鮮半島で作られた可能性がある。また、銅製水瓶は大陸からの舶載品と考えられ、中国北朝北斉の貴族の墓からよく似た例が見つかっているほか、奈良県法隆寺に類似品が伝世している。

南から。手前が後円部。

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南西から。左が前方部、右が後円部。後円部の中段の影がある部分が横穴式石室の開口部。

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横穴式石室の開口部。石室は群馬県下で最大規模。全長12.65m。両袖型。玄室奥行8.2m、幅3.8m、高さ2.3m。ブロック状に加工した角閃安山岩の転石を積み上げている。角閃安山岩榛名山二ツ岳の5世紀末と6世紀前半の2回の噴出物。天井石は牛伏砂岩。最大約22トンの巨石が15km離れた藤岡市金井地区などから運ばれて来たと思われる。

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後円部の墳頂から前方部。

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後円部の東側中段から前方部。

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後円部の西側中段から前方部。

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前方部の墳頂から後円部。

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後円部の墳頂からの眺め。

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墳丘には多数の埴輪が配置されていた。

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出土品は群馬県立歴史博物館で見学できる。

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群馬県 - 史跡観音山古墳へのご案内

観音山古墳 | 高崎市

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