週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

善福寺 品川区北品川

北品川の煉瓦巡りの2カ所目は、善福寺。

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名工「伊豆の長八」こと入江長八の作の龍
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「分銅」印の刻印。
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「分銅」印と「ハ」の刻印。
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「分銅」印の刻印は、文献[2]によると、かつては横浜市内で発掘される「分銅」印の煉瓦は小菅集治監製と推測されていたが、2007年に川崎市幸区戸手の御幸煉瓦製造所の関係者の土地から「分銅」印の刻印のある多量の焼き損じの古煉瓦が出土したことから、御幸煉瓦製造所の煉瓦と推測される。御幸煉瓦製造所は、1888年(明治21年)創立の横浜煉瓦製造所を、1898年(明治31年)に増山侊三が経営を引き継ぎ、御幸煉瓦製造所としたとのこと。
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星野金物

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古典落語"居残り佐平治"にも登場する老舗鰻屋をリニューアルして2005年にオープンした洋風レストラン「居残り 連」 
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旧東海道品川宿

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旅籠屋相撲屋跡(土蔵相撲跡)
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問答河岸跡

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藤沢宿の街道松
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文献

[1] 浜田晋介 2008「御幸煉瓦製造所について」『川崎市市民ミュージアム紀要 第20集』川崎市市民ミュージアム

[2] 石田勝俊 2011「100年前の煉瓦がでてきた - 御幸煉瓦製造所」『かわさき産業ミュージアム講座記念論文集』

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