週末は古墳巡り

日本の古墳と煉瓦の共通点(なぜ、古墳めぐりのブログで煉瓦を取り上げるのかの言い訳) 古墳(特に前方後円墳)は3世紀半ばに誕生すると全国に広まるが、6世紀の仏教伝来で終わる。煉瓦は明治維新で始まり、関東大震災で終わる。終わりの美学。終わったのにまだ残っている。誰かが守らなければなくなる。

ダイダラボチの塚 北区豊島

柳田國男の「ダイダラ坊の足跡」で関東を中心に広く伝わる巨人伝説・ダイダラボッチが紹介されている。東京都内には、多くのダイダラボッチ伝承地がある。北区と足立区との境界を流れる隅田川が、大きく蛇行する「天狗の鼻」と呼ばれた地形の突端の「豊島の渡し」の近くにダイダラボッチの墓といわれた塚があった。地図をみると北区と足立区の境界線は「天狗の鼻」の根元にあたる豊島5丁目団地から現在の荒川まで食い込んでいる。かつての荒川(現在の隅田川)はこの境界線に沿って流れていた。荒川放水路の開削にあたり、隅田川の流れは「天狗の鼻」の鼻先が削られ変更された。荒川の土手に「阿弥陀の渡船場跡」の説明板がある。説明板に「河川改修工事前の荒川」の地図があり、「阿弥陀の渡船場」のすぐ南にある鳥居の記号の位置にダイダラボッチの塚があったと思われる。この塚が古墳だった可能性に思いを馳せる。

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現在の隅田川、天狗の鼻のあたり。

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天狗の鼻のあたりの荒川土手(右岸堤防)に足立区の宮城ゆうゆう公園がある。

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台風19号で浸水した荒川の河川敷
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ゆうゆう公園の中にある足立区国際野外彫刻展招待作品「足立の園」(Beverly Pepper, 1992年)は、ダイダラボッチの塚をモチーフにしたかに思える。
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ゆうゆう公園から豊島5丁目団地

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豊島橋

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ゆうゆう公園があるあたりは高規格堤防。民主党政権時代の事業仕分けで槍玉に上がったスーパー堤防

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