週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

上侍塚古墳 発掘調査現地説明会(12/11) 大田原市湯津上

栃木県大田原市で栃木県教育委員会が発掘中の上侍塚古墳の現地説明会に参加した。写真撮影はOKだが個人で楽しむだけでSNSへの投稿は禁止とのことで、ブログはSNSではないとは思うが自粛する。栃木県の文化財をアピールできる機会を縛るのはもったいない。

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国指定史跡 上侍塚古墳

上侍塚古墳は、那珂川右岸の段丘上に位置する前方後方墳で、 那須地方に分布する6基の前方後方墳のなかでは最大規模を誇る。
本墳は、元禄5年(1692)、 徳川光圀の命により小口村(那珂川町小口)の庄屋であった大金重貞らによつて、下侍塚古墳とともに発掘調査されている。 北方1.5kmで発見された那須国造碑の碑文内容と侍塚の被葬者との関連を探るため行なわれたもので、日本における最初の学術調査として特筆される。

鏡(捩文鏡か)・鉄鏃・石釧・小札・鉄刀片・管玉 土師器高杯などが出土したが、碑文との関連は明確になら ず、遺物は絵図にとるなど調査結果を記録したうえ松板の箱に収め、もとの位置に埋め戻した。 また調査後は、墳 丘の崩落を防ぐために松を植えるなどを行なっており、遺跡の保存に関しても、見事な処置を実施している。
古墳の築造は、出土遺物や墳形の特徴などから4世紀末頃(古墳時代前期)と考えられている。
なお、本墳のすぐ北側には、全長約48.5mの前方後方墳、上侍塚北古墳がある。

墳 形 前方後方墳 全長 約 114.0m
後方部 長さ 60.5m 幅 約 58.0m 高さ 約11.5m
前方部 長さ 53.5m 幅 約 52.0m 高さ 約 6.5m
(昭和26年6月9日 国指定) 大田原市教育委員会

【国指定史跡】侍塚古墳(さむらいづかこふん) | 大田原市

栃木県埋蔵文化財センター

上侍塚・下侍塚古墳 大田原市観光協会 栃木県大田原市の観光案内

文献

[1] 東京新聞編集局 1993「古墳を歩く」

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