週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

若泉稲荷神社古墳 本庄市北堀

本庄市の古墳巡りの続き。

西五十子古墳群の若泉稲荷神社古墳を訪れた。文献[1]によると「円墳、径38m、葺石」

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若泉稲荷神社

所在地 本庄市北堀206

若泉稲荷神社の祭神は、倉稲魂命(ウカノミタマ)である。

伝来の口碑によれば、一ノ谷の合戦(1184)で源氏に従い平重衡を生捕った荘太郎家長 は、その館を現在の小字東本庄に構えたが、治承四年(1180)当社を勧請建立し、この地の鎮守としたと言われている。

その後、天正十八年(1590)小笠原信嶺が本庄氏に代って領主となったとき、旧領主勧請の古社であるので最も崇敬を加え、あらたに社殿をこの地に建立奉遷したと伝えられている。

昭和61年3月 埼玉県 本庄市

西五十子古墳群の53号墳(湮滅、円墳、径10m)

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文献

[1] 埼玉県教育委員会 1994「埼玉県古墳詳細分布調査報告書

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