次に板倉町大高嶋の大塚山古墳と稲荷神社古墳を訪れた。
大塚山古墳は、板倉町によると「墳形は方墳の可能性もあるが、明らかでない。地下レーダー探査の結果、周堀および堅穴式石室の存在が考えられる。時期など詳細なことは確認されてきない。」
板倉町指定史跡 大塚山古墳(大箇野二号墳)
板倉町大字大高嶋1732 昭和50年4月25日指定
大塚山古墳は「上毛古墳総覧」によると円墳とされ、七世紀ごろ築造されたものと考えられています。
墳丘部は直径約7m、高さ約2.5mで、かなり良好な状態で遺されています。
谷田川下流域の古墳群として、六世紀代に岩田の舟山古墳、道明山古墳が築造され、次いで筑波山古墳が築造されました。
七世紀に入り、松ノ木古墳(飯野—消滅—)、大塚山古墳、稲荷神社古墳(高鳥)が築造されました。
この大塚山古墳は出土品が全くなく、発掘に関する伝承もないため、完全な形で石室が遺されている可能性があります。未知の部分が多い古墳であり、その分だけ貴重な古墳であると言えます。