元島名町から玉村町を目指したが、国道354号を東進中に綿貫観音山古墳の案内板が目につき、寄り道した。前回、石室内部を見そびれたので再訪するつもりだったが、事前のネット情報で「史跡観音山古墳石室の見学休止」を知っていたので、熱中症リスクを考え、今回はパスするつもりだった。とりあえず、北側のエスビックの駐車場脇から写真撮影。石室内部の見学再開したら再訪したい。
綿貫観音山古墳とマンホール蓋
綿貫観音山古墳の世界「空中探訪 第1回 観音山古墳 今と昔」|文化|歴史博物館|群馬県
綿貫観音山古墳の世界「空中探訪 第2回 観音山古墳と綿貫古墳群」|文化|歴史博物館|群馬県
綿貫観音山古墳の世界「空中探訪 第3回 古墳の上空から見える風景」|文化|歴史博物館|群馬県
綿貫観音山古墳へ。
— ちる (@chiru146) 2021年2月6日
古墳でコーフンラジオでリスナーの方が紹介していましたが、夕方15:00過ぎくらいから石室の奥まで日が差し込むのでオススメです。
きれいな石積み。
横に広い石室というのは作るのも難しいのだそうです。 pic.twitter.com/FOjQY9RUtm
高崎市の綿貫観音山古墳の野焼きの見学にきました。
— zizichin@黒猫大好き (@zizichin1) 2021年2月14日
炎に包まれるのを想像してたけど、ジブジブこんがり焼き上がりました!#高崎市#綿貫観音山古墳 #野焼き #焼きたての古墳 pic.twitter.com/MCHq0VDNUP
綿貫観音山古墳。
— 古代人? (@Kikiki93886931) 2021年2月28日
巨大な横穴式石室を右島先生は「中洞里型石室」として伽耶に原型を求めた。
やはり畿内の石室を導入していない。
ただ空前の巨大石室のため崩れている。
被葬者の派手好きがわかる😀
工人は反対したと思うが、そのお陰で盗掘を免れた。
豪華な副葬品を残せたのも怪我の功名🤣 pic.twitter.com/cVtRikEavh
綿貫古墳群の初代は普賢寺裏古墳。
— 古代人? (@Kikiki93886931) 2021年2月28日
5世紀前半。
そのあと太田天神山古墳に規制されたようだ。
その後、岩鼻二子山古墳として復活する。
115mで周りに多くの円墳を持つ勢威を誇る。
調査もされず隠滅したのはまことに残念。
そして不動山古墳の後、保渡田古墳群として移動したようだ。 pic.twitter.com/F55hYa7jyg
榛名山の噴火によりもとの地に移住して来たが七輿山古墳の支配下に入ったようだ。
— 古代人? (@Kikiki93886931) 2021年2月28日
6世紀後半になって新たに築造したのが観音山古墳。
付近にはいまも円墳がいくつか残っている。
だが後続の前方後円墳は作られなかったようだ。
総社愛宕山古墳に統合された新しい時代の到来。 pic.twitter.com/l5DoU2jSzN