週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

中台遺跡出土石棺 つくば市

つくば市北条の無量院境内に安置されている石棺。小さい、子供用か。

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中台遺跡は、茨城県住宅供給公社の(仮称)北条住宅団地建設事業の計画に伴い、1991年から1992年に発掘調査(記録保存)が行われ、旧石器時代から近世までの遺構、遺跡が大量に発見された。古墳時代では、縦穴式住居100軒、古墳65基(前方後円墳5基そのうち2基は帆立貝式、円墳44基、周溝がなく埋葬施設だけのもの16基。埋葬施設は、横穴式石室6基、箱式石棺24基、埴輪円筒棺1基)が確認された。

中台遺跡の出土品はつくば市出土文化財管理センターで見学できる。

無量院
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本尊の阿弥陀如来立像は鎌倉時代後期の作と推定されつくば市指定有形文化財
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多層塔。中久木家の家伝によれば1341年に小田治久は足利尊氏の家臣高師冬と戦い、1361年に小田一族の供養のため下大島の地にこの多層塔を建立。
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1338年の青野ヶ原の戦いについては下記のブログ記事を書いた。北畠顕家の戦死後、南朝方の総司令官になった父・親房は義良親王宗良親王を奉じ海路東国に渡ろうとするが、暴風に遭い両親王とは離散し常陸国に上陸、小田治久を頼り小田城に移る。この時期に『神皇正統記』を執筆。北朝方が高師冬を関東統治のため派遣、高師冬は1433年冬までに関東を平定、親房は熊野に帰還した。

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