週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

新井堀の内遺跡 埋蔵銭 特別公開(3/14-18) 熊谷市船木台

昨年末に蓮田市黒浜の新井堀の内遺跡の発掘調査で見つかった国内最大級の埋蔵銭が、埼玉県立埋蔵文化財センターで特別公開されていたので見学した。

新井堀の内遺跡は大宮台地東側の白岡・黒浜支台に位置する遺跡で中世の館跡が存在する。今回の調査は県道(蓮田駅東口黒浜線)の整備に伴う調査で、戦国時代の深いV字の堀跡(幅6m, 深さ3m)が2条ならんで見つかった。館の主は、岩付城主太田資正(すけまさ)の家臣野口多聞と伝わる。12月16日に現地見学会があったが、その時は埋蔵銭は発見されていなかった。埋蔵銭が入った大甕は、その堀跡の内側(館側)のすぐ近くで12月25日に見つかった。

常滑焼の大甕は、最上部の口径60cm、胴部の最大径94cm、高さ74cm。推定容量280リットル。

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最上部の銅銭70枚を確認したところ、中国からの輸入銭「永楽通宝」「開元通宝」など19種類。

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甕の縁に木簡が見つかり、「いのとし」「二百六十」の文字が確認できた。それに続く文字が「くぁん」もしくは「貫」だとすると埋蔵年と埋蔵量を示し「二百六十貫」約26万枚と推定され国内最多の可能性がある。

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石蓋。直径66cm。長瀞でとれる緑泥片岩。遺構表面から約1.6mの深さでこの蓋が見つかった。

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大甕は15世紀前半に作られた常滑焼。確認された19種類の銭のうち最も新しいの1408年に鋳造が始まった永楽通宝。つまり、埋蔵されたのは15世紀よりは遡らない。館が使われていた16世紀終わりまでに埋蔵されたと思われる。

大甕は単独で埋蔵されたのではなく、同じような大甕を埋蔵したと思われる穴が他に2つ見つかった。この2つは後に回収されたと思われる。今回、発見された大甕も、回収のために掘られた思われる穴が、蓋まで後10cm程度のところまで掘られていた。おそらく、見つけられずに諦めたと思われる。

特別公開 新井堀の内遺跡出土”埋蔵銭”  |  公益財団法人 埼玉県埋蔵文化財調査事業団

室町から戦国時代にかけて銭貨を埋蔵する出土例があり、目的は備蓄とか宗教祭祀と考えられている。東京都立埋蔵文化財調査センターで展示されているNo.484遺跡(八王子市南大沢)の埋蔵銭。

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