墓地
武者塚古墳や坂田塙台古墳群のある桜川左岸の対岸(右岸)の自然堤防上に位置する松塚古墳群。文献[1]の「松塚古墳群、番号103、前方後円墳2基、円墳1基」 松塚1号墳。前方後円墳。全長69m。くびれ部に食い込む形で鹿島神社を祀る。西から、左が後円部、右が前…
染井霊園の隣の天理教東京教務支庁の鍰煉瓦の塀。文献[1]によると1999年4月の研修棟改修の発掘調査で大量の鍰煉瓦(からみれんが)のを使った塀が確認された。 敷地の内側から隣の泰宗寺との境の鍰煉瓦の塀 十二地蔵。享保15年の大火による犠牲者の冥福を祈る…
時宗寺院の長徳寺。背後に品川区立城南小学校の校舎が見える。 長徳寺の墓地に煉瓦塀に囲まれた墓がある。 品川区立城南幼稚園の前に建つ「品川区立城南小学校」の立て札。城南小学校は明治7年に常国寺に開校。 標石。品川区のマークかと思ったが、西鉄のマ…
海徳寺の西側の塀の下部が鍰煉瓦(からみれんが)。 「奉納」と「明治四十三年十月」と記されている。 さらに進むと本覚寺の塀の角に「KHK」と記された京浜急行の標石(境界石)が見つかる。背後の高架に京急の電車と新馬場駅が見える。 鍰煉瓦についてはこちら…
谷中霊園の乙11号1側の渋沢家墓所に渋沢栄一の墓がある。渋沢栄一は「近代日本経済の父」とか「日本資本主義の父」とされる。煉瓦巡りでは渋沢栄一は避けては通れない。渋沢家の家風か、背面を除いて囲いもなくオープンな墓所。 左から2番目が渋沢栄一の墓 …
寛永寺谷中第一霊園のB2の区画に妻木頼黄(つまきよりなか)の墓がある。妻木頼黄は横浜赤レンガ倉庫の設計者。東京駅を設計した辰野金吾のライバルとされる。寛永寺谷中第一霊園は谷中霊園の中に飛び地のようにある。 「墓地」の標石(境界石) 向かいには谷中…
谷中霊園に煉瓦を積んだ墓がある。 脇には煉瓦が敷かれている 刻印も見つかる。丸にサ? 丸に「サ」の字の刻印は、神田駿河台の松山堂の蔵の煉瓦でも見つかる。 あとはよくわからない 近くでスクラッチタイルを貼った柱で囲われた墓を見つけた。 天王寺の大…
あらかわ遊園の西側の北区堀船にも煉瓦塀が残る。 延命寺裏の駐車場の煉瓦塀 延命寺の塀に残る煉瓦の柱 煉瓦塀の上からモルタルで補強されている。ところどころ煉瓦が現れている。 塀は内側にかなり傾いている 延命寺にある煉瓦積みで囲われた墓。尾久村上尾…
昨年9月に多胡薬師塚古墳のヒガンバナを見たときに、付近に群集する多胡古墳群を巡った。 左が多胡村195号墳? 右が多胡村194号墳? 右が多胡村195号墳? 左が多胡村194号墳? 多胡村206号墳?脇には太陽光発電の開発事業計画の看板 多胡村207号墳? 多胡村2…
宗永寺裏東塚古墳から東に80mに位置する薬師塚古墳(美土里村26号墳)。円墳。径24m。 北から 東から 南西から にほんブログ村
宗永寺の本堂の東に位置する宗永寺裏東塚古墳(美土里村6号墳)。前方後円墳。全長30m。墳丘の上は墓地として利用されているため、墳丘の形がよくわからない。標高80m。 北東から全景。左が後円部、右が前方部。 北から前方部 墳丘の上から前方部 南から前方部…
七輿山古墳の後円部の約150m東に位置する宗永寺の境内にある宗永寺裏西塚古墳(美土里村4号墳)。前方後円墳。全長48m。 東から、手前が前方部 南から前方部の墳頂に登る石段 石段下から後円部 石段下から前方部 前方部の墳頂 前方部の墳頂から後円部 後円部…
岩宿ムラ祭りの日に周辺の古墳を巡った。 天神山古墳群の天神山3号墳。円墳。径14m。竪穴式(石槨)。市史跡。 墓地のあたりに墳丘が残っているのかと思ったが、保存されているのは石室のみのようだ。 「3号墳の竪穴石室が覆屋内に保存されている」とされるの…
一戦塚古墳は牛伏4号墳の北200mの位置にある前方後円墳。前方部は墓地になっている。 にほんブログ村
線刻画がある石室の奥壁が露出する増井古墳。墳丘の西半分は旧水戸街道により切断され、墳形も規模も不明。 この細道が旧水戸街道? 城里町増井古墳: 埼群古墳館別館 にほんブログ村
鴻巣市下忍の宝養寺の墓地になっている宝養寺古墳。方墳。一辺45m。 南西から。 南から。 南東から。 東から。 北東から。 にほんブログ村
元荒川左岸の自然堤防に築かれた安養寺(あんようじ)古墳群に属す安養寺南古墳。安養寺の北隣の安龍寺の墓地になっている。詳細不明だが前方後円墳の可能性あり。約80m×約43m、高さ1m。八幡神社古墳から北に徒歩9分。 安龍寺 元徳三年宝篋印塔。安龍寺の開祖…
大田区は横穴墓の密集地で、区内の台地斜面には500基をこえる横穴墓が存在したと推定される。国道1号線(第二京浜国道)の敷設工事の際に、大田区の塚越から馬込にかけて、台地が掘削され、多くの横穴墓が露出したという。大田区立馬込中学校の近くの墓地に「…
姿川左岸の段丘上にある本郷古墳。前方後円墳。 南東から。手前の墓地が前方部、奥が後円部。 後円部の墳頂から前方部。 後円部の墳頂から北西を望む。中央の電柱の右に琵琶塚古墳、左に摩利支天塚古墳、手前を姿川が流れる。 にほんブログ村
今年2月の高坂館跡・高坂二番町遺跡の見学会の後で、ぺんの古墳探訪記のぺんさんとまわった毛塚古墳群、諏訪山古墳群のレポートの続きです。 毛塚10号墳から南西に100mの墓地のあたりに毛塚12, 13, 15, 16号墳(すべて円墳)があったようです。 墓地の東側の林…
小櫃川左岸の微高地に所在する高柳古墳。前方後円墳とのことだか現在は墳形がよくわからない。高柳阿光堂の墓地の一角にある。 西から。 東から。 北から。墳丘に階段がある。 墳丘上の石仏。 にほんブログ村
大鶴巻古墳のすぐ北側に築かれた小鶴巻古墳。前方後円墳。全長88m。浅間山古墳の1/2であると指摘されている。5世紀後半の築造。 南西から。左が前方部、右が後円部。 西南西から。右手前が前方部、左奥が前方部。前方部は共同墓地と畑地になっている。 後円…
桜川右岸の標高20mの吉瀬台地の北側、この墓地の裏に吉瀬鹿島様古墳がある。踏み込めず。前方後円墳。全長45m。文献[2]の「番号104、前方後円墳」 文献[1]によれば土地売買に伴う試掘で古墳南西の隣接地を調査したが調査地に遺構なしとのこと。 文献 [1] つ…