週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

真福寺貝塚 現地説明会(10/23) さいたま市岩槻区城南

昨年に続き、今年もさいたま市真福寺貝塚の発掘調査の現地説明会に参加した。昨年は、みみずく土偶の発見のニュースで見学者が多かったが、今年はその反動か、感染リスクが気にならない人出だった。今年は排水ポンプを導入して、昨年湧水で調査出来なかった西側の水辺の活動域に南北で2ヶ所の調査区を設定した。水辺の活動域は大正15年に大山史前学研究所が調査を行ったが、東京大空襲で研究所が全焼したため、貴重な記録や資料は失われている。昨年の説明会で、水辺の泥炭層では有機物が分解されないため貴重な遺物が出土するのではないかと聞いていたので、成果を期待した。

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北側の調査区。縄文時代晩期の遺物の包含層が確認された。東側では70cmほどで関東ローム層が出るが、西側では2.2m掘り下げても関東ローム層に到達しない。さらに1mぐらい下まで埋め立てられている。

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南側の調査区。縄文時代後期前葉から後葉(加曽利B式)にかけての遺構や遺物の包含層が確認された。後期後葉(加曽利B式)の貝層が壁面に確認できる。西側では2mの深さで地山の関東ローム層が確認された。

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出土した遺物の展示。北側の調査区からは95年ぶりに籃胎漆器(らんたいしっき)が発見された。籃胎とは網目状に編んだもので、そこに漆を塗り固めてある。その他、漆塗膜片、製塩土器、炭化堅果類、漆塗土器、赤彩土器など。籃胎漆器は埼玉県では4ヶ所でしか出土していない貴重なもの。

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調査区を西側から
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現地見学会資料より

今回の調査により、縄文時代より前の、本来の谷の傾斜面の様相や、遺跡の継続期間中にどのように谷部に貝層や遺物包含層が堆積したのかが明らかになりました。なお、2ヶ所ある調査区では、谷部の埋積開始の時期や堆積期間がそれぞれ異なることが明らかになりました。

さいたま市/国指定史跡真福寺貝塚 調査最前線

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