二子山古墳から将軍山古墳に移動。将軍山古墳展示館を見学。時節柄、二酸化酸素濃度計で館内の換気状況を確認していた。裏口から館内の空気をサーキュレーターで強制排気していた。
#蛇行状鉄器 が気になって過去に撮った写真を漁りつつ、そういえばあの旗を立てた馬型埴輪ってどこから出たんだっけ?と調べたら行田市の酒巻古墳群だと。利根川の氾濫等で埋没してたのを調査後は埋め戻し。重文指定も気付いてなかった。渡来人埴輪も出てるわ。https://t.co/hS58p1BAiS pic.twitter.com/6N6WSczbAj
— shigesoul (@BackInMusashi) 2023年3月2日
写真1は新羅天馬塚(今見たら旗竿を装着する部分のデザインが独特)、2は埼玉古墳群の将軍山古墳、3はは加耶展に出た玉田M3号墳、最後のが飛鳥寺。
— shigesoul (@BackInMusashi) 2023年3月2日
埼玉古墳群の将軍山古墳展示館は模擬石室だろうと思ってましたが、本物の遺構だったと今頃気付きました。わざわざ房州石を千葉から取り寄せて補充するなど最善を尽くして再現したのが分かりました。 pic.twitter.com/prTFbEhnzS
— shigesoul (@BackInMusashi) 2023年12月18日
それにしても珍しい石室と副葬品。埼玉古墳群で最初期の横穴式石室、側壁は120km離れた千葉の房州石。天井石は秩父緑泥片岩。片袖式羨道。日本では希少な馬冑、蛇行状鉄器は二つも(初葬と追葬分のよう)。木棺も珍しい。展示室写真の左手前三石は残存していた本物。今度改めてよく見てきます。 pic.twitter.com/FzrAGcW2xy
— shigesoul (@BackInMusashi) 2023年12月18日
1894年の発掘?後に石材はほぼ全部持ち去られ、石室の記録は絵図は無さそうで文章の描写だけみたい。近隣の民家のお庭に天井石は残ってそう。 pic.twitter.com/LIp2aA1Sym
— shigesoul (@BackInMusashi) 2023年12月18日