水戸に向かう道中、小美玉市の羽黒古墳に立ち寄った。
昭和44年4月24日指定 竹原字羽黒1200番地
この古墳群は園部川と権現川を望む舌状台地の先端近くに位置しており、町内では最大規模の古墳である。前方後円墳1基と円墳2基を伴ったものであったが、円墳1基は、戦後湮滅している。主墳の前方後円墳は、全長67m、 後円部34m・高さ7m、前方部幅15m・高さ3.5mを測り、主軸をほぼ北西に向けている。
この古墳は前方部と後円部の高さの差が大きく、県内では古式の古墳にこの形態が見られる。古墳の出土品等については明らかではないが、古墳時代の中期(五世紀〜六世紀)頃この地方を支配していた豪族の墳墓と推定される。
前方部は防空壕構築による破壊が著しく、原型をとどめていないのが惜しまれていた。
今回地域環境整備事業によりこれを復元した。
北側から
昭和44年4月24日指定 大字竹原字羽黒1200番地
この古墳群は園部川と権現川を望む舌状台地の先端近くに位置しており、町内では最大規模の古墳である。前方後円墳1基と円墳2基を伴ったものであったが、円墳1基は、戦後湮滅している。主墳の前方後円墳は、全長67m、 後円部34m・高さ7m、前方部幅15m・高さ3.5mを測り、主軸をほぼ北西に向けている。
この古墳は前方部と後円部の高さの差が大きく、県内では古式の古墳にこの形態が見られる。古墳の出土品等については明らかではないが、古墳時代の中期(五世紀〜六世紀)頃この地方を支配していた豪族の墳墓と推定される。
前方部は防空壕構築による破壊が著しく、原型をとどめていないのが惜しまれる。