週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基。

ウルティモ・ドラゴン スペシャルトークショー 東京国立博物館

トーハクの特別展「古代メキシコ」の関連イベント「メキシコウィーク」(6月30日から7月9日まで)のイベントとして開催された「ウルティモ・ドラゴン スペシャトークショー」に参加した。ウルティモ・ドラゴンは、メキシコを拠点として米国、欧州のマットで活躍するルチャドール。日本のDRAGON GATEの最高顧問及び特別契約選手。

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DRAGON GATEの試合スケジュールは、

DRAGONGATE:ドラゴンゲート公式サイト 大会日程

8月20日大田区総合体育館のGANGEROUS GATE2023の宣伝をSNSでしてねとのことなのでよろしく

 

覆面レスラー「ウルティモ・ドラゴン」に変身する直前の1990年3月、日本初のルチャリブレ(メキシカンプロレス)団体「ユニバーサル・プロレスリング」の旗揚げ戦(後楽園ホール)に電撃参戦。同年4月にUWA認定世界ミドル級王座(第17代チャンピオン)を戴冠、同年6月に後楽園ホールで開催されたユニバーサル・プロレスリングの第2戦のメインイベントでは挑戦者ネグロ・カサスに勝利してUWAミドル級王座を初防衛。実はこの試合が、私が初めて生観戦したプロレスの試合だった。生初観戦にユニバーサル・プロレスリングを選んだのは、チケットが試合当日に会場で買えたから。この時の第一試合のタッグマッチには後のザ・グレート・サスケスペル・デルフィンが出場、まだまだ塩っぱかった。Wikipediaには、ウルティモ・ドラゴンは「ザ・グレート・サスケスペル・デルフィンと並びジャパニーズ・ルチャの立役者の1人」とある。

大切に保管していたユニバーサル・プロレスリングの第2戦のパンフレット
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私が最後にプロレスを生観戦したのは2002年7月米国テキサス州サンアントニオでのWWEのRAWのライブ。

ちなみにウルティモ・ドラゴンに変身されてからの試合は観ていない。変身前も観たのは1試合のみ。ご活躍は週刊プロレスで拝見していた。33年振りにトーハクでお会いするとは感慨深い。

1989年7月に大仁田厚が旗揚げしたFMWがきっかけとなり、インディー団体と呼ばれる弱小団体が次々に誕生して、日本のプロレス界は多団体時代となった。ザ・グレート・サスケが1993年に旗揚げしたみちのくプロレススペル・デルフィンが1999年に旗揚げした大阪プロレスが、日本にご当地プロレスを根付かせた。これらのインディー団体では、ウルティモ・ドラゴンが1996年にメキシコで設立したルチャドール養成学校「闘龍門」の出身者が多く活躍している。

本日、メキシコウィーク最終日

 

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