週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ20万基

円正寺古墳群 滑川町土塩

滑川町の森林公園滑川乗馬学校の南西の人通りのない林道を進むと祠の鳥居脇に滑川町教育委員会による「円正寺古墳群」の説明板が立つ。

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祠の裏が盛り上がっている

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怪しい石がある。これが「石室に使用されたと思われる凝灰岩」か?

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祠の前から鳥居を振り返る

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祠の裏側から、椎茸の原木(ほだ木)の先に墳丘が確認できる。

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文献[1]には、「円正寺古墳(駒形1号墳)」の立地は「和田川の南に張り出す丘陵の先端部 標高61m 水田からの比高15m」、墳丘は「前方後円(帆立貝形) 方位N-132°-E 墳長31m 後円径18m・高3.4m・頂径5m 前方幅7m・長12m・高0.5m くびれ幅6m 後前高差-1.9m」、外表施設は「埴輪:円筒・朝顔形V式、後円部をめぐる埴輪列あり 葺石なし」、内部主体は「位置:後円部南西側 室:横穴式石室 凝灰岩」と記載されている。

祠の後ろが円正寺1号墳(駒形1号墳)の後円部で鳥居から祠にかけてが前方部なのか?(あまり自信なし)

乗馬学校のウマ

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滑川町のマンホール蓋
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文献

[1] 近藤義郎 1994『前方後円墳集成 東北・関東編』山川出版社

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