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週末は古墳巡り

古墳とは、およそ3世紀から7世紀に築かれた墳丘状の墓のこと。その数、およそ15万基。

上之稲荷古墳 さいたま市大宮区三橋

アパートに囲まれた古墳。上之稲荷(かみのいなり)古墳。円墳。かつては直径20m、高さ2mだったが、今はかなり変形している。墳丘上に稲荷社が祀られている。山王山古墳から南に徒歩2分。

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裏から。

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さいたま市/文化財紹介 側ヶ谷戸古墳群(上之稲荷古墳)

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山王山古墳 さいたま市大宮区三橋

慈寶院(じほういん)の墓所にある山王山(さんのうやま)古墳。墳丘は失われて石室が露出している。円墳。直径20m。7世紀の築造。茶臼塚古墳から東に徒歩6分。

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さいたま市/文化財紹介 側ヶ谷戸古墳群(山王山古墳)

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茶臼塚古墳 さいたま市大宮区三橋

荒川の支流の鴨川に面した台地や自然堤防上に位置する側ヶ谷戸(そばがいと)古墳群の茶臼塚(ちゃうすづか)古墳。円墳。直径30m。高さ3m。6世紀後半の埴輪が出土。

南から。

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西から。

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北から。

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北東から。

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東から。

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鴨川と古墳の間の水田。ここに1950年代までは井刈(いかり)古墳があった。今は跡形もない。

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鴨川。

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茶臼塚古墳の東側には側ヶ谷戸1号墳から11号墳まで確認されている。これらは墳丘が失われた古墳もしくは発掘調査で周溝のみが確認された古墳である。茶臼塚古墳の東200mの側ヶ谷戸11号墳から出土した6世紀中頃の馬形埴輪がさいたま市立博物館に展示されている。

さいたま市の古墳巡りにはさいたま市立博物館で購入した「さいたまの古墳」展の図録(2008年、900円)に掲載された地図と写真が役立った。

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鴨川やその西を流れる荒川の流路は江戸時代以降の治水・河川改修によるもので、古墳時代には入間川さいたま市の西部の低地を蛇行しながら流れていた。さいたま市の古墳群は、この旧入間川の流路沿いにある。

さいたま市/文化財紹介 側ヶ谷戸古墳群(茶臼塚古墳)

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女塚古墳 大田区西蒲田

女塚神社の社殿の隣にある古墳。円墳。JR蒲田駅から北西に徒歩7分

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「女塚古墳の由緒」と刻まれた石碑

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下記のサイトで女塚古墳にまつわる三つの伝説について詳しく説明されている。

古墳なう 「女塚古墳」

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鶴見神社境内貝塚 横浜市鶴見区鶴見中央

JR鶴見駅東口から徒歩5分。鶴見神社の境内で2008年に発見された弥生時代末期から古墳時代前期の貝塚。この時代の貝塚が良好に保存されている例は少なく貴重な遺跡。

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富士塚

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諏訪坂古墳 横浜市鶴見区諏訪坂

かつて鶴見区にあった古墳。前方後円墳。古墳はすでに失われている。石棺の石蓋が諏訪坂公園に保存されている。

左の石板が石蓋。

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道標。

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諏訪坂公園。

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諏訪坂稲荷。

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諏訪坂古墳があったとされる辺りから總持寺(そうじじ)の眺め。總持寺曹洞宗大本山

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南加瀬貝塚 川崎市幸区南加瀬

夢見ヶ崎動物公園のある加瀬山は縄文時代前期の海進期には海に浮かぶ島だった。加瀬山の南にある南加瀬貝塚は、縄文時代弥生時代にわたる貝塚として知られている。貝層は戦前に石灰を作るために多くが取り去られ、その後の開発などもあって今はほとんど残っていない。わずかに残された跡地に案内板が立てられた。

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夢見ヶ崎稲荷神社。

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道祖神

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菜の花。

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太田道灌 山吹伝説。

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