品川区の『戸越銀座』誕生70周年を記念して、1995年(平成7年)に商店街の一角に展示された品川白煉瓦の耐火煉煉瓦。
1995年の70年前といえば1925年(大正14年)、その2年前の1923年(大正12年)9月1日に関東大震災が起きる。日本の煉瓦建築は、1872年(明治5年)の銀座大火の後、都市の不燃化を目指して銀座煉瓦街が造られたことに始まり、関東大震災で煉瓦街が崩壊したことで終わる。
関東大震災で被害を受けた銀座の煉瓦を戸越の人々が譲り受け、当時水はけの悪かった戸越の大通等に再利用した。この縁で商店街は『戸越銀座』と名乗った。これが全国各地にあるご当地銀座の始まりと言われている。
品川白煉瓦の耐火煉瓦は、銀座煉瓦街のガス灯用のガス発生炉用耐火煉瓦として使用されたという。戸越の人々が譲り受けた煉瓦が、はたして耐火煉瓦だったのか?展示されている煉瓦には「SHINAGAWA」の文字と「SS」の刻印がある。「SS」の刻印は品川白煉瓦の耐火煉瓦を示すようだ。品川白煉瓦では耐火煉瓦とは別に、赤煉瓦を製造していた。1914年(大正3年)に開業した東京駅の化粧用の赤煉瓦94万個は品川白煉瓦が納入した。耐火煉瓦は赤煉瓦に対して白煉瓦とも呼ばれる。戸越銀座の由来になった銀座から譲り受けた煉瓦は一般建築用の赤煉瓦だったのではないだろうか。また、その赤煉瓦を品川白煉瓦が製造したと考える蓋然性はない。単に同時代の煉瓦として展示したのだろうか。それとも、何か理由があるのだろうか。地主の竹内家とは?
下記のサイトで疑問が解消した。品川白煉瓦の創業者の西川氏が銀座の煉瓦の瓦礫が戸越の水はけ対策に役立つのではないかと紹介したとのこと。
戸越銀座商店街について – 戸越銀座商店街オフィシャルサイト
2016年に多摩産材の木造駅としてリニューアルされた。
戸越銀座のマスコットの戸越銀次郎(通称ぎんちゃん)
品川区東大井の仙台坂遺跡から出土した品川白煉瓦の耐火煉瓦が大井町駅西口の案内板に使用されている。
東京駅の煉瓦については
街で見かけた品川白煉瓦
ここからしばらく煉瓦シリーズが続きます。